海に向かうローラ


EUフィルムデーズのオンライン配信にて観賞。2019年ベルギー・フランス、ローラン・ミケーリ監督作品。

遺灰を撒きに行くロードムービーといえば知る限り主人公は男性であり、それは誰かが死んで改めてその大切さを実感したりもっと何かしてあげられたはずと思い詰めたりするのは女性より男性に多いと考えられているからじゃないかと私は思っている。あらすじ紹介に「かつて少年だった彼女」とあった本作を見てみたら、遺灰を撒くことにこだわるのはやはりブノワ・マジメル演じるその父親の方であった。そして遺灰はおとなしく撒かれようとはしない。

トランスジェンダー女性のローラ(ミヤ・ボラルス)と彼女を拒否し家から追い出した父親の旅が始まると、後者の態度が酷いのにも関わらず空気はそんなに悪くはならず時に笑顔まで出てくる。この映画はそれを、彼女が遺灰に「呼ばれる」場面に始まりiPod(何代目、すなわち彼女が幾つの頃に母親が買ったものだろう?)のいたずらを中心に、亡き母の魂が世界に染み渡って二人に作用しているからとしている。子と会っていることを夫に隠していた一人の女性の苦悩を思うと灰になってようやく解放されたのかと少し歯痒く思わなくもない。

冒頭の身支度の様子からして伝わってくる、確固たる意志の元に生きているローラの造形が本作の白眉。やがてそれは辛い経験をしてきたがゆえの頑なさと表裏一体であることが分かってくる。一夜の宿で、彼女は窓辺で一人タバコを吸うが、父親は女主人が起きているのを見て降りていき一本もらう。「何か欲しいものがあるの」と問われた彼はそこで確かに、意に沿わないかもしれないが大切なことを得る。「世界に馴染めないなんて馴染めない方が悪い、それを表に出すのは嫌がらせだ」との強固な考えに一滴の水が垂らされる。

序盤の病院の「女子トイレ」の扉を背景とした受付の場面での職員の女性の無神経に始まり、母の生地であるフランドル地方の薬局でホルモン剤を売ってもらえない…ばかりか暴言を吐かれたり警察に乱暴されたりといった、働く人々の差別行為の描写の数々も印象的。ちなみにローラは差別され拠り所のない若者のための施設に身を置いており、冒頭に登場するそこのスタッフの、皆を守るための強硬な態度が心に残った。