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アジアンクィア映画祭にて観賞、2025年パク・ジュンホ監督作品。

靴がかろうじて縦に置ける程の狭いたたきに置かれた一足のスニーカーが、セックスした相手を引き留めようとするチョルジュン(チョ・ユヒョン)の孤独な心を表している。やがて玄関は多数の靴で溢れるようになるが彼自身がそこにいられなくなる。「脱北者」、ゲイ、どちらのコミュニティでも多数派じゃないから。更に後半、おば(チャ・ミギョン!)だけと共有している北の家族についての事情が観客に明かされる。

「脱北者」もゲイも「言うか言わないか」から逃れられない世界に生きているが、チョルジュンはゲイのオフ会で「その格好、北朝鮮みたいだな」と言われたことから身上を明かす。徴兵される前に出てきたとの言に羨望の声が飛んだり「男欲しさに来たって笑いを取らなきゃ」とアドバイスされたり、前半のチョ・ユヒョンの張り詰めて壊れそうな演技も相まってあんまりじゃないかと悲しくなる。しかし彼らとて気楽なわけではなく、常に「トークや歌で自分をアピール」する努力をしつつ、誰の家も知らず誰がいつ消えるか分からないという意識で付き合っている。それでも北から来たばかりの青年は鍾路での一夜(「平日でも人がいるんですか?」)を案内したチョルジュンに「こんなに安らげたのは初めてです」と言う。マジョリティの世界には多分矛盾はそうないが、ここは矛盾ばかりだと思う。そこで時に上になり下になり集まり散らばる人間関係のリアリティこそがこの映画の他にはない圧倒的な魅力だ。その中で一番大切なものをチョルジュンが確立するエンドクレジットには涙が出た。

口さがないヨンジュン(キム・ヒョンモク)のコンビニでの再会時の第一声も「あ、北の…」だが、アルバイトがあがる時間に待ち合わせての「北には君みたいなイケメンが大勢いるの」「指導者があれだよ?」なんてジョークで笑いが生まれ、チョルジュンいわく「こんなこと話したのは初めてだ」。属性が違う相手と一緒でも心を解放することができる。二人は親しくなるが、ヨンジュンはチョルジュンに一目惚れしていながらヘアメイクやファッションを覚えた彼の眩しさや就職の決まらない自身への劣等感から「アヒルの子みたいにコミュニティを教えてくれた最初の相手を好きになるだけだ」と距離を置く。そのうちオフ会の「ラブレター」に誰の番号を書いたんだ、なんて小学生みたいな話で揉める始末。気の合う人との巡り合いという意味でこれはかなりのロマコメでもあるが心は何度も切りつけられる、そういう点でも稀有な映画だ。