魂のまなざし


ヘレン・シャルフベックの絵は国立西洋美術館で開催された「モダン・ウーマン フィンランド美術を彩った女性芸術家たち」で見た。フィンランドでは早くから男女平等の美術教育が実践されてきたと会場で読んだから、この伝記映画で描かれている彼女の暮らしの根にもそれがあるのだと思いながら見た。

叶わぬ恋の話が語られるのをへえと見ていたものだけど、ヘレン(ラウラ・ビルン)が母親と美術学校以来の女友達ヴェスター(クリスタ・コソネン)と三人の部屋で「私の家族は?」と言い放つ時、二人を家族とはしない(そりゃあ文化や個人により家族の意味はそれぞれだけども)彼女が意思の人であることが不意に見て取れた。それでもああした受け身の暮らしとなるんだと。

そのうちこれは女達が順繰りに辛い時を経験する話なんじゃないかとも思われてきた。「女は強くなきゃ」とでかい尻をこちらに向けて落とした皿を拾う母、かつて自分の失恋時にヘレンが送ってくれた手紙の内容を当人に思い出させる、笑顔の悲しいヴェスター。更に見ているうち、もしかしたら女のその辛さは生涯続くのではないかと思われてきた…でもって現在へ。

ヘルシンキから少し離れたヒュヴィンカーの家であちこちに設置した鏡に映る自分を描くも花を描くも何故だかみじめな気持ちになっていたところへ、立派な(ネクタイをして葉巻を盛大に吹かす)男性がやってきて全ての作品、すなわちこれまでの彼女を認めてくれ、名声とひとまずのお金を得るのが物語の始まり。しかし男達が来なければ家から出ることもなくなる。映画の始めと終わり、ヘレンは相も変わらず家の床を掃除している。

弱っている時、女友達に本を読んでもらう。弱っている母親に本を読んでやる。「私とお母さんとクッキー二つ、盛況でしょ」の誕生日パーティーを前にあることをした母親の「ドレスでも」にふと涙が出そうになり、そういやヴェスターともヴォーグを見ながら待ってたなと思い出した。