Shiva Baby シヴァ・ベイビー


シヴァ(ユダヤ教の服喪儀式)に出席した女子大学生の午後を描いたエマ・セリグマン2020年の長編デビュー作。

「コメディ」ながらこんなにも物を食べる描写がしんどい映画ってない。会場に着いたダニエル(レイチェル・セノット)は並べられた料理を皿に盛るが全て戻し、別の料理を取ってはまた戻し…食べ物はまず単純に、女性に求められる「適切な体型」の元になるものであり、食べないようだとすぐさま「(「悪い病気」という意味で)摂食障害なんじゃないの」と言われる。だから食べるところを見せねばならない。

しかし並べられたものと食べたいものが合致しているとは限らない。これは比喩だ。就職、異性との恋、結婚、出産、容姿からファッションまで、世間が提示する女性の選択肢には「許容範囲」がある。その中に食べたい物がなくとも何か選んで取って食べてみせねばならない。元恋人のマヤ(モリー・ゴードン)が遅れて来たのに食べるの?と食事をさほど気に掛けていないのは、食べるところを見せなくても他のことで皆に納得してもらえるからだ。スマホを無くしたダニエルが料理をぱくつく人々のドヤ顔(の幻想)に悩まされるのは、「私だけ」という苦痛ゆえだ。

映画は日本語字幕で「パパ活」とされるシュガ―ダディとのセックスシーンに始まる。相手のユダヤ系男性マックス(ダニー・デフェラーリ)の「ぼくは女性を支援しているから」との買春の定番の言い訳に笑ってしまう(私達の時代はそのまま「援助」と言っていた、「援交」はメディアの言葉、私に言わせれば)。ダニエルのマックスに対する心情はよく分からなかったけれど、私には、彼女にとってはいつの間にか生活の中で大きな比重を占めていた「パパ活」が相手にとっては結婚相手の金をちょっと融通してする程度のことだったのが許せなかったように見えた。若い女性には出来ることが本当に少ない。

ダニエルが周囲を意識せずものを食べるのは、マヤと気持ちをぶつけあってキスした後の一度だけ。何を食べたのか覚えていない、それくらい、見せるためじゃなく単に自分のために口にしていた。彼女はこの時だけ真に生きていたと言える。そしてこのキスの時も、帰りの車中で手をしっかと繋ぐ時も、周囲には人、人、人…だが誰も気付いていない。見つかれば端的に言って「面倒」だろうから幸いだった、というよりは、普通にいるクィアの存在を誰も見ようとしないという描写のように思われた。