サム・フリークス Vol.33にてアメリカン・ロマンティック・コメディ2本立てを観賞。

▼『フレンズ・ウィズ・キッズ』(2012年ジェニファー・ウェストフェルト脚本監督)は世界一有名なセリフ「寝る前に最後に話したいのはきみ」ならぬ起き抜けに面倒な話をしたいのはあなた、といったジュリー(ジェニファー・ウェストフェルト)とジェイソン(アダム・スコット)の朝のベッド(隣に異性)同士の電話に始まる。どのみち…いや『Kissingジェシカ』(2001年ウェストフェルト共同脚本)を思い出しどうなるのかなと見ていたら、こちらも多分忘れられないキスを経て紆余曲折の後「自分の子どもの父親・母親に恋をする」話なのだった。これってなかなかない。
女性からしたら、時にうんこまみれになり育児をきっちり分担する相手でなければ恋をする、あるいはパートナーになる意味がないという話に取れるかもしれない。冒頭職場でのランチの電話でジュリーはダイエットコークにサラダなのがジェイソンはサンドイッチ?を前にしており、出産後も締まりやら痩身やらの話がやたら出る(ジュリーの方からアドバイスを求める)のにはかなり古さを感じたけれど、最後のジェイソンの「ジュリーはぼくの一部」に彼は彼女になり切って痩せなきゃと思っていたのだろうかとふと考えた。
親友レスリー(マヤ・ルドルフ)がジュリーに次々と男をあてがうのに一体どこから連れてくるんだと思っていると真打でエドワード・バーンズが登場したので笑ってしまった(初対面のジェイソンの「ドイツ系」に「アイルランド系」と訂正する場面あり)。彼演じる良い意味で極めて普通の男性が作品のアクセントになるというのが面白い。彼は魅力的だが前妻とは「愛がなくなったから」別れたそうだしジュリーも最終的に選びはしない。この界隈のロマンチック・コメディに描かれているのは良い・悪いではなく誰かと誰かの合う・合わないであり、その厳しさは好きだなと思う。

▼『ハッピー・アクシデント』(2000年ブラッド・アンダーソン脚本監督)の最初の画面が海なのに、『ワンダーランド駅で』(1998年ブラッド・アンダーソン脚本監督)だってHappy Accidentsの話…いや一回だったかなと見ていたら、本作のアクシデントはルビー(マリサ・トメイ)の友人グレッチェン(ナディア・ダジャニ)が書き留めた言葉を始め確かに色々が相当する。でもロマコメの基本、アクシデントの話であることには変わりない。『フレンズ・ウィズ・キッズ』の「子育てこそがぼくらの恋愛だった」だってそう、最初は予想されていない。
今回の二作は「ふつうじゃない二人」の話、世界vs.私達の話に私には思われた。大人になると自分一人のみならず誰かとの関係にも「ふつう」であることを求められる。『フレンズ・ウィズ・キッズ』では親友夫婦のマヤ・ルドルフ&クリス・オダウド(前回『時間旅行についてのよくある質問』からの嬉しい続投)、クリスティン・ウィグ&ジョン・ハム(ウェストフェルトの本作数年後までのパートナー…がまじで何もしない男の役)は当初「恋愛して結婚して子育てをするうちに険悪になる」ありがちな道を歩んでいる自分達を否定されているように感じるし、ジュリーの出産時、ジェイソンの両親は病室に来るがとんぼ返りする。『ハッピー・アクシデント』のルビーは周囲に人がいればサム(ヴィンセント・ドノフリオ)が、ひいては自分達がどう映るかを常に気にしている。
「愛する人を救うための時間旅行」は韓国ドラマによく見る内容だが、そこで描かれるのは結局、一番一緒にいたい人は誰なのかということで、それが本作、いや二作ともに言える。文にすれば陳腐な結論だけど確かに大切だ。