あなたの名前を呼べたなら



「裁断さえしっかりやれば、縫うのは簡単」

オープニング、ラトナ(ティロタマ・ショーム)は妹に勉強するよう声を掛け、スクーター、バン、バスと乗り継いで村からムンバイへと向かう。バスの中で、すなわち村から離れたところで腕輪をはめ(その意味するところは後で分かる)イヤフォンをする。実に今を生きているという印象を受けたものだけど、その彼女が故郷では夫を亡くしたために「人生が終わった」とされ(婚家に毎月4000ルピーの仕送りをしていると後で分かる)、都会ではというと田舎者のメイドというので人間扱いされない。使用人同士の温かく心強い交流はあるが、彼女自身は表に出さない、その辛苦を思う。

ラトナはがっちりと掛けられた鍵を開け高級マンションの一室に足を踏み入れる。その中において、彼女とアシュウィン(ヴィヴェーク・ゴーンバル)はメイドと主人でありながら人間同士として付き合う。何かしてもらったらお礼を言う、何か言われたらそうかもしれないと考えてみる、誕生日ならお祝いする、そういうことをし合い少しずつ心を通わせていく。当初立ち入らない部分にも、知り合うにつれ足を伸ばしていく。一歩外に出ればそれは認められるものではないが、映画は再び鍵を掛けられたその中にもう誰もいない、つまり二人がそこを出て、その関係が密室から社会に広がるのに終わる。どんな形であれ…まぼろしであれ逃亡であれ。

映画がしっかり編まれた黒髪と色とりどりの布に始まるのには、やはりル・シネマで見た、この劇場で見た中で最もお気に入りの映画の一つ「モリエール」を思い出した(そちらではそれは当時の商人の裕福さを表しているようでもあったけど)。ファッションデザイナーを目指すラトナが床に座って足の指で布を抑えて裁断などするのが面白く、日本とインドは遠くて近い、地べた文化だなあと思っていたら、経済格差が大きいインド(アジアの国、と言っておこうか)においては、床であれこれすることは貧しさをも表していると分かってくる。玄関で靴を脱ぎ室内を裸足で歩く彼女の足音が印象的な映画だった。