冬よ さようなら


EUフィルムデーズ クラシック・セレクションにて観賞。1988年ドイツ、ヘルケ・ミッセルビッツ監督作品。

ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツ、映画は監督のスタート地点である踏切に始まる。救急車の中で生まれたそうだ。ドキュメンタリーを、対話のそれを作るわけなのでまずは作り手が自身について語る。駅を発ち、列車で旅をしながら女達と話す。海に近づいているようだと思ったらゴールはバルト海、船上でジャニスの歌うSummertimeが流れて終わる。

『美しく、黙りなさい』(1976年フランス、デルフィーヌ・セイリグ監督、感想)もそうだったように、のっけから広告会社の幹部である40代の女性が列車の窓際で話す顔が延々と映る。男向けじゃない女が自分について喋る姿を見るのは楽しい、制作公開当時は今より更にその機会は少なかったことだろう。練炭工場で煙突が詰まらないよう叩いて回る女性が仕事の後にシャワーを浴びる姿だってそうだ(最近これと近いものを見たんだけど何の映画だったか思い出せない)。

SNSは女性差別の話題ばかりと言う向きもあるが、女が人生や暮らしを話せば自然そうなる。表彰式に出向いたら女は自分だけだった、子どものころ弟は遊んでいたのに自分は日がな働かされていた、更には監督が人形修理の店で訊ねる「赤ちゃん人形は『パパ』とは言わないのか」。妊娠したため結婚せざるを得なかった女性の中には離婚した者もできなかった者もいる。後に若者達が集っている場面が不穏に見えたのはこのためだ。女にはどこにも陥る罠がある。

監督は私の母親と同い年なので、「不安と希望を感じる」という娘の世代とは国は違えど私の世代のことだろう。列車内で結婚や夫婦の姓について話す四人は丁度私くらい、髪を盛大に立てながら家や学校について話す二人は少し上。別れ際に高架を歩くところへ声を掛けると「ハワイへ行く、うそだけど、よその国には行ったことがない」。手を繋いで線路をゆく「楽しいね」が最高だった。一緒だから、行先が決まっていないから…後に再会した時の状況と真逆であった。

上映後のトークによれば、ヘルケ・ミッセルビッツいわく上の男性達に企画書を通すのが大変だった、パイロット版を求められ児童保護施設を経営する50代の女性のパートを提出したと。実は見ながら彼女への言葉のみ、例えば「人生には男の優しさだけじゃなくエロスも必要ですよね」といった、言うなれば男性に寄せた内容が浮いて感じられたので納得した。尤も相手が普通に自分の考えを返す様子には、却って彼女の確固さとその場の信頼関係が表れていたが。