タイピスト!



オープニング、片田舎の雑貨屋さんに一つだけ飾られているタイプライターをそっと奥へと運ぶ主人公。その重そうなこと、キーを打ってみるとすごい音、家族に気付かれないかびくっとする姿に、当時のタイピングが今の書類作成なんかとは全然違うのが「分かる」。彼女が打つのは自分の名前、私でもそうするかなあ?と想像する。


タイトルバックのアニメーション、舗道を歩く女の脚が、実写の「エキストラ」女性の脚になる。ここから全編、脇役って程じゃない女達の描写が楽しい。早打ち大会の場面で敗退する者の様子が必ず映されるのもいい。大抵は母親や両親、夫などに支えられて退場する(独り者はどうするんだってのはさておく・笑)
女達、じゃなく女同士の描写もいい。ローズ(デボラ・フランソワ)の実家の雑貨屋の店員の「あなたが一番きれいだからよ!」「あなたは女性の憧れよ!」などの言動に、現状に不満が無さそうな彼女の神秘を思う。雇い主ルイ(ロマン・デュリス)の幼馴染にして永遠の憧れ、ベレニス(マリー・テイラー)とローズとのやりとりもいい。ピアノのレッスンで親しくなると「あなたは個性的ね/どんな男性が好き?」、まずそれを聞いてみるのって分かる(笑)
ローズとベレニスのくだりにはいわゆる「昔の少女漫画」を思い出した。子どもっぽい主人公が大人の女性にコンプレックスを抱くという、今はあまり見かけない感覚。少女漫画といえば、ドレスに着替えた彼女が「変でしょ…?分かってるわ」なんて俯くシーンは、あまりにの私の嫌いな「少女漫画」すぎてむかついちゃったけど(笑)


ローズがタイプを打つ音のでかさ(隣室での電話に支障が出るくらいだから「普通」じゃないんだろう)に負けず劣らず、ルイもやたら大きな音をたてる。友人の息子のバースデーケーキを吹き消す音、ワインの瓶を机に置く音、テニスでボールを打つ音。最後は彼ら二人を馬鹿にするやつをぶちのめす音。彼もずっと、後ろ向きにだけど、闘ってきたんだなと思う。「セレブ」になったローズがキレイな格好をして流行りの店で手品のショーを見る場面では、ルイの力任せの「手品」を思い出し、涙がこぼれた。


楽しく観たけど、ロマン・デュリスの出演に満足した反面、全体としてはどうにも格好がよくないなあと思ってしまった。彼に視点を合わせると他の全てがぼやけ、他に合わせると彼が浮いているという感じ。
そもそも冒頭、デュリスが部屋から顔を出すと、面接待ち中の女性達がそわそわする場面(最後の一人が煙草を吸っているのが効果的)、どういう「そわそわ」なのか分からない。本国では彼に「一般的」なイメージがあるのかもしれない、あるいはキャラクターをはっきりさせないのが「フランス」的なのかもしれないけど、この映画の「やり方」と彼の空気とはちぐはぐな気がした。
「これからは住み込みで特訓を」…なんて言い出す方も受ける方も「バカ」、こういうお話なんだって思えれば全然いいけど、それだけのきらめきは本作に感じられず、二人が本当のバカみたいに思えてしまった。だから、ルイがローズの魅力に気付くのが彼女に接近した時(雨に濡れる場面や身体を支える場面など)のみというのも、可笑しいというより下品に感じられてしまった。


早打ち大会の優勝者、すなわちセレブ女性に群がるファンの女性達の姿に、女だけで回っててその外には出られない世界なんだよなあと思う。でもラストシーンに、どんな世界であっても、愛し愛される相手の存在によって幾らか救われるんだと思う。結局それが一番心に残ったこと。主人公は全然そんな風に感じてないだろうけど(笑)