海辺の恋/オー・パン・クペ


シアター・イメージフォーラムのギィ・ジル特集上映で長編デビュー作と次作を続けて観賞。

『海辺の恋』(1964年フランス)がその時々の自分に合う場所を求める男達の話なら、『オー・パン・クペ』(1967年フランス)はそんな場所などなかったら?という話である。月にでも行きたい、この世界はぎちぎちに縛られているとジャンヌ(マーシャ・メリル)に打ち明けたジャン(パトリック・ジョアネ)は「遠くに去るふり」をして近くに去る…すなわち彼女の人生と異なるレイヤーへと逃げる。しかしそこも彼の世界ではなかった。

『海辺の恋』のジュヌヴィエーヴ(ジュヌヴィエーヴ・テニエ)は二人の部屋を望むが叶わず、『オー・パン・クペ』のジャンヌは二人の部屋を失う。ここでは女にとっては一人であるか二人であるかが「場所」にあたるのかもしれない、だからジャンヌは去られるくらいなら訃報を聞く方がいい、偶然会うのが怖いと言うのである。逃亡の果てに男は死に、「生きる喜びを与えられなかった」女も自らの場所を失い寝付いてしまう、取り壊し中の建物を前に「思い出と共に死ぬまで生きたかった」と話すベールの女性を思い出しながら。

休暇の始め、カフェで戦争について話すダニエルとジュヌヴィエーヴの前に置かれた水兵帽とハンドバッグというそれぞれの「いつも」のしるしの鮮烈さ。ダニエルのそれをふざけて叩き落としもしたギィ・ジル演じる友人が「君が好きだ、手紙を書いてくれ、結局ぼくらは似ている」と窓の外を自転車で手を振りながら去ってゆく姿の美しさ。それに比べたら素朴だが窓辺に座ったジャンヌの「どんな色も美しい、全てが自然に還る」という語りも強く訴えかけてきた。

冒頭年上の女性とあまりに間近に向かい合って身綺麗にするジュヌヴィエーヴが私も好きな人と20年連れ添いたいと言う時、彼女がそれより若いとも、それが戦後の年月と同じだとも分からない。『海辺の恋』の蚤の市で買ったという雑貨の数々や骨董品、『オー・パン・クペ』の昔の写真や絵葉書、あるいはフランスのあちこちに内在する時間は人々の人生よりゆうに大きい。そういう映画が少ないわけではないが、それを信じて映画のカットとしていわば堂々と映すセンスがいいなと思いながら見ていた。