私にふさわしいホテル


「相田大樹」が授賞式でおたおた喋ってマイクに頭をぶつけるあの感じが自分に似ていると思って気付いたんだけど、この映画でのん演じる主人公のやることなすこと(表に出る言動)全ては舐めている意味で「女らしい」とされるものである。それこそ衣装の選択から、くるくる態度を変えバタバタ走り、ソファに脚を組んでふんぞり返るのだって。チャーミングかつ戯画的とはいえリアルだと思った。原作未読なので映画独自の演出なのか分からないけれど、それを全編堂々とやっているのがいい。私には「自然」で、ネガティブな意味は皆無だから。

オープニングのナレーションの山口瞳は…に始まる山の上ホテルの常連も「文豪コール」に出てくる作家も全て男であることを、作中の中島加代子(のん)はどう思っているのかこの映画は伝えない。先輩の遠藤(田中圭)の「ここはお前にふさわしいホテルだ」なんて言葉をすんなり受け入れるような屈託のなさと文学界での不平等に憤慨するさまが共存しているのは少々奇妙に感じられた。ただ例えば「女性の気持ちが全然分からない」ながら女性が主人公の「不倫小説」ばかり書いている東十条(滝藤賢一)が文学賞の審査員として君臨しているといったくだりなどから、表に現れるものが差別の下にあるということははっきり示されている。

クラブで「ここには男と女の全てがある」と言いながら、原稿に向かっている時には「なにせ私の周りにいる女といえばホステスに女優、それから娘(だから「普通の」…といっても父親といってもいいほど歳の離れた妻子ある男性に惹かれる…女の気持ちが分からない)」と悩む東十条の姿には苦笑するしかない。そんな彼の「いまや彼女とやり合っている時だけ生きている感じがする」なんて語り、また遠藤が中島加代子に本音をぶちまけられた後につきあい方を変えることから分かるのは、この映画は、男は女とのいわば真の付き合いによって変わる、それが必要なのだと言っているということだ。演者も魅力的で楽しく見たけど、おーいそっちから来いよと思ってしまった。