もうひとつの楽園


アイルランド映画祭にて観賞。「アイルランド長編映画を監督した初の女性」、ミュリエル・ボックスによる1959年作。

夜の闇の銃撃、「あのことを頼む」と友に言い残し息を引き取る男。タイトル(This Other Eden)が出ると陽の中を駆ける馬の向こうに美しい屋敷。「なぜか定刻通り」の列車に間一髪で間に合った男が先客の女と会話を交わす。女はアイルランド人が嫌いだというアイルランド人、男はアイルランドに定住を願う英国人。更に一人の青年を拾い、若い世代を乗せた列車は目的地のバリーモーガンへ。そこでは独立戦争時にブラック・アンド・タンズに殺された先の司令官の銅像の除幕式が目前に迫っていた。

(以下「ネタバレ」しています)

元になっている戯曲からしてそうなのか分からないけれど、これは若い女性はなぜ故郷が嫌なのかという今も通じる話である。英国に出て暮らしていたが故郷恋しさに戻って来たモイラ(オードリー・ダルトン)、作中唯一の涙と作中最も晴れやかな笑いは彼女のものだ。前者は父親が友人の青年コナーを「婚外子」と蔑んだから、後者は先の英国人ブラウン氏(レスリー・フィリップス)の「実は私も婚外子なんだ」「でも父の死に際に二人は結婚して、父は元気になってそれから十年生きた」が可笑しかったから。故郷の風土…もちろん自国と英国それぞれへの周囲の人々の態度も含む…に鬱屈していたのが、風穴が開いて元気になる。

作中唯一のスピーチは除幕式でのそれなどではなく銅像爆破の犯人として追い詰められたブラウン氏によるもの。英国人のミュリエル・ボックスの姿勢はここに表れているのだろうか?バリーモーガンの聴衆を沸かせたことについての紳士たちのやりとり「彼が何をしたっていうんだ」「事態をおさめた」「それは英国人の手口だ」、全編に通じるこの手のユーモアがいい。一方でモイラは彼は「笑われた」のだとの見方を示す。話が進むにつれブラウン氏のみならず紳士たちの中にもアイルランド人と英国人の親を持つ者がいる、すなわちアイルランドと英国にまたがっている存在が結構あると分かってくる。

やけに心に残ったのは教会の仕事を取り仕切っているらしき修道女長が最初と最後に振る「無知な私などより司祭が…」、これを嫌味たらしくも皮肉っぽくもなく涼しい顔で口にする、あの演出はなかなか見ない。大変なユーモアを感じて面白かった。