We don't talk 言葉では語れないもの


EUフィルムデーズにて観賞。2022年オランダ、マリョライン・ブッストラ監督作品。性加害の犠牲となった十代の4人の、セラピストとの対話による治療の過程を収めたドキュメンタリー。

上映前に流れた監督からのメッセージ映像で、この映画を作ろうと思った切っ掛け(韓国映画『ソウォン 願い』(2013)の元となったナヨン事件を彷彿とさせた)、目的、制作過程が語られる。被害者が加害者にもなり得るということは描かなければならなかった、非常にデリケートな問題で絶対に責められるべきではないが、また少女だけでなく少年も被害に遭うということを訴えるため出演してくれる少年を見つけるまで撮影できなかった、などの話も。
あまり無いことに上映後にも映像が流れ、上映前に聞いた「兆候」の詳しい内容の確認と共に周囲の若者にそれらが見られたら行動するよう促された。今では当たり前になった、エンディングに何らかの団体を紹介する映画のように、監督のメッセージ含めての作品という映画があってもいいなと考えた。

今回のフィルムデーズのポスターに採用されているのはこの映画のワンカットだが、あの水色の髪は出演する若者…というか子ども達と撮影時に着用する取り決めがなされたというウィッグである。あれらのウィッグ越しにセラピストを真正面から撮ることでそこに反射する4人を捉えたと監督は話していたけれど、その感じは私には掴めなかった。
映画は白い壁の前をゆく少女と後を追う犬に始まる。犬との触れ合い、握りつぶされるソフトクリーム、流暢なダンス、瞳のアップなどのいわばイメージ映像に当初違和感を覚えていたけれど、あれらはそれこそ「言葉で語れない」部分を補っているんだろう。実際監督によれば、プレミア上映で4人は本作を「正しい物語だ」と言ったのだそう。また場内の大勢に紛れた4人に、見終わった観客達は(監督の言葉を受けて)盛大な拍手を送ったのだという。やはりこれはここまで聞いての、すなわち監督のメッセージあっての一作だと思う。

なぜ被害に遭ったことをママに言えないのか?というやりとりには胸がえぐられた。私だって言ったことはない、でも母から母の被害を聞いたことはある。あるのに…と言うべきなんだろうか。そして、ここで「あった」と語られることは、星の数ほどの劇映画で「ネタ」としてお馴染みである。私達の誰もがそういうことがあると知っている(まさか、あるのかな、と思ってる人はいないよね?)。なのに何なんだ、という気持ちが湧き上がってしょうがなかった。