キノ・ライカ 小さな町の映画館


フィンランドのカルッキラで冬以外を暮らす映画監督のアキ・カウリスマキが作家のミカ・ラッティと地元で共同経営する映画館、キノ・ライカ。これは初の映画館のオープンを控えた小さな町を私達に案内してくれる映画である。「自然に恵まれ歴史的に重要な」町の風景、鋳物工場を映画館に改装する職人達の仕事ぶり、あれこれしながら住民が仲間と語らう様子が重ねられていく。ドキュメンタリーらしい形は取っていないけれど、映画館の開業を待っている(少なくとも、知っている)「本物の」人々を捉えているという意味ではいわばドキュメンタリーの一番面白い要素を含んでいると言える。

おそらく当人の意思によりアキは殆ど姿を見せないが、出てくる全員が映画館を意識しているのだから全編に渡ってアキの精神が根底に流れていると言える。アキの語りは始め人々が聞くラジオから、終盤にはオープンを迎えてのインタビューを皆がバーや家、職場のテレビで見るという体で提示される。ヘルシンキで経営していた劇場は「ヒルトンだかシェラトンだか知らないが」大企業のビルの買収で立ち退かされた、今回は自分も朝から晩まで工事に加わって働きくたびれ惨めだ、などと話す。オープニングイベントの映像をテレビで見る、『Valmio』『枯れ葉』の撮影に使われた製鉄工場の従業員達が、アキがスクリーン隣のバーを披露し話し始めようとするところで仕事に戻るのが面白い。

フィンランド映画祭の時にも思うことに、アキの映画にフィンランド人がよくよく映し出されているのであって逆ではない。この映画を見るとそのことをなお実感する。「映りたくない人は外へ出てくれ、ロビーでも聞こえるように爆音で演奏するよ」なんて声掛けが最高なBeale Street Playboysのライブの途中で最前に出てくる女性二人が髪を揺らして踊るシルエットはカティ・オウティネンみたいだし、ヘッラ・ウルッポがアキと出会ってここに住むまでの「愛」を語る口調はマッティ・ペロンパーのようだ。

アンディ・マッコイの元結婚相手のアンジェラ・ニコレッティ・マッコイの登場には、これまでに無い交差にハノイカウリスマキを十代の頃に愛した私の寿命が延びる思いだった。「最初の映画はチャイニーズシアターでの『オズの魔法使い』、ガンズのMV(Sweet Child O' Mineのこと)にも出たけど初めての映画は元夫と作ったボリウッド映画」と自らと映画の歴史を話し、彼は戻りたがったけど私はフィンランドに来たくなかった、だから映画館の話には興奮してる、アキのことだから特別な場所になると英語で続ける。愛する人を追って30年前にやって来た篠原敏武、アメリカ進出したバンドのギタリストについて来たアンジェラ、そしてアキのパートナーのパウラ・オイノネンはワンカットのみの登場で唯一のセリフが(「今の気持ちは?」に答えて)「幸せです」なんだから面白い。

作中エイミー・トービンもジム・ジャームッシュへのインタビューにおいてコミュニティセンターと言っていたけれど、キノ・ライカは映画を通じて人々が交流する場だということを思えば、主人公が自らの気持ちを再確認する契機が『パラダイスの夕暮れ』(1986)では大勢の中で一人ヘッドフォンで聞くLL教室の例文だったのが、それを下敷きにした『枯れ葉』(2023年フィンランド・ドイツ/感想1感想2)ではパブで皆と共に聞くMaustetytotの歌だったことが更にしっくりくる。連絡の取れなくなった二人が互いを信じて待ち続けるのが、一度だけデートした映画館の前だということも。