GF*BF



台湾が戒厳令下にあった1985年、高校生の美宝(グイ・ルンメイ)、忠良(ジョセフ・チャン)、心仁(リディアン・ヴォーン)は「仲良し三人組」。美宝は思いを寄せる忠良の恋心が自分に無いと知り、心仁の告白を受けて付き合い始める。1990年、1997年、三人の関係は形を変えて続く。


冒頭は「2012年」の台北。女子校の朝礼で行われる「短パン運動」の結果が気になるあまり、この先の話に身が入らなかったらどうしようと思っていたら(笑)それは杞憂だった。でも映画の最後に「2012年」に戻ってくると、彼女達が「短パン」を履けるようになったと分かり嬉しくなる。短パンでもスカートでも「好きなものを選べる」ことになったようだ。
運動の先導者である双子の「保護者」の忠良が呼び出される。彼は尚も騒ぐ娘達をたしなめる。映画が忠良にぐっと寄り、学校じゃありえない程の静寂、ただ遠くに鳥の声が聴こえる中、彼はきっぱりと言い切る。「娘達はまともです」「僕は父親です」。そして主題歌、タイトル、物語は「1985年」へ。


「1985年」、「広報部」の心仁は、「全校生徒のお金で作っている」出版物を検閲する「教官」に対し「あなたは正義、私は糞」とのたまい、以前に罰として剃られた髪をそのままにしておく。言うなれば言葉の持つ力を用いて戦っていたのが、「1997年」には、「言葉をあげつらう」マスコミによって窮地に陥ることになるんだから、皮肉というか、大人になるという、これもまた一つの形かと悲しくなる。
…と見ている時は受け取ったんだけど、今振り返ると、彼は「そういうこと」が出来る程度には「残酷」なのかもしれない、と思う。美宝を愛する彼が、違う形で彼女を愛する忠良から受け継いだ「手のマッサージ」(私もあの場所、ピアノの先生を始め何人かに揉んでもらったことある、何かのツボなのかな?)が、「1997年」の車中のシーンではおざなりになっているのが寂しい。演じるリディアン・ヴォーンは、決してタイプじゃない!苦手な顔!なんだけど、理性を失わせる魅力の持主だ。


「1985年」、三人で川遊びの最中、心仁をからかい置き去りにした美宝は、岩陰で忠良に背中からそっとくっつく。これまでそれぞれの肉体は散々そこに在ったのに、この場面の高揚させられること。「1997年」、美宝は「同士」の自分のためを思う忠良の「鏡を見たんだ」(このセリフで泣いてしまった)の後、彼の隣に寄り添いそっとその胸に触れる。十数年で見事に育った愛がそこに在る。
「1985年」、心仁に付き合ってくれと言われた美宝は、真正面から彼の顔をしげしげ見て、がしがし掴む。好きな男には背中から、「男」にするか考え中の相手には真正面からというの、分かるなあ。ちなみに「俺は主題歌じゃないけど、B面の一曲目だよ」のセリフには、私は子どもの頃、シングルカットされた曲より「B面の一曲目」の方が好きだったなあ、と思い出した(笑)


見ていて気になるのが、美宝の「学生運動」に対する態度。母親の行方も掴めず、高校時代から「小ずるい」ことをしなければ「生活」自体が出来なかった彼女は、卒業後はジムのインストラクターとして働くが、二人は大学へ進み学生運動に精を出す。仕事の休みに長距離バスで彼らのもとへやって来る美宝は、「学生でなければ参加できない」集会にもぐりこみ、周囲を挑発するような言動を繰り返し、愛の上澄みで自分を麻痺させようとする。
仲間達が暮らす一軒家での、美宝と心仁の友人のやりとり「すごい量のビールね、何かあったの」「何もなくても飲むさ」というのが印象的。投石事件で呼び出されれば「賠償します」とすぐ言える、車を持っている女の子と付き合える心仁と、美宝との距離は、彼女にしてみれば遠い。


音楽がどれも、まるで私の心を掘り返したような、心に沿うものばかりだと思いながら見てたんだけど、そりゃそうだ、彼らより「子ども」だったとはいえ、国は違えど、まさに私も生きた時代なんだから。「1997年」のパーティの場面(美宝と忠良が電話で話す場面)の音楽には、私のあの時代にタイムスリップしそうになった!
プールの水量と共に「青春」は減じ、三人の「拘束」は(少なくとも「1997年」までは)きつくなってゆくけど、物語が「今」に近付けば近付く程、見ていて心が楽になっていった。それは現実の私が、「今」の方がいいと思っているからだろう。「許可証」以上の自由を、今の自分は得ているだろうか?得るために何かしているだろうか?と思いつつも。