まじめな仕事


マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルのオンライン上映にて観賞。2023年フランス、トマ・リルティ監督作品。

数学の代替教員バンジャマン(ヴァンサン・ラコスト)の勤務初日、窓が閉まらず騒動になった教室へベテラン国語教師のピエール(フランソワ・クリュゼ)や生命科学教師のサンドリーヌ(ルイーズ・ブルゴワン)が何事かとやって来る。自習の監督と間違えてではあるが、この映画には教員は教室では常に一人だということが描かれている。壁の向こうから来てくれるということが逆説的に示している。

サンドリーヌは授業観察の担当者に「あなたの授業は退屈だ、あなた自身も退屈している」(これは本当にその通り)「改革が必要だ」と言われ「よく分かりません」と返すが、「評価は手加減しておくわね」と帰られてしまう。ピエールは熱意を感じていた生徒の居眠りに声を掛けると、自信がある授業の内容につき「『居酒屋』はつまらない」と言われてしまう。こうした後どうするものか。ここにも教員は、私達は常に一人だということが表れている。

教員達がランチの席を囲んだりピエールの車に同乗して帰ったりサンドリーヌの家で飲み会を開いたりとそうでなくてもいい場での時間を一緒に過ごすのは、彼らが「一人」同士だからに私には思われた。バンジャマンが「授業中に皆の前でばかにしたから怒って」(これもその通り)彼を待ち伏せした生徒につき懲戒聴聞会を開くか否か、すなわち自分達が権力をふるうか否かを話し合うという、仕事の根幹についてもそうである。同時にこれらの場面には教員は管理職以外みな「ヒラ」だということも表れている(英語教師フアド(ウィリアム・レブギル)の元恋人が「教員は嫌だ」と言ったのはそのためではとも考えた)。

映画はバンジャマンが医師である父親に「母さんのように中学教師で一生を終えるのか」と与り知らない職を勧められたのを拒否し、正規教員として他校へ行くのに終わる。親しくなった数学教師メリエム(アデル・エグザルホプロス)も希望していた他校への移動が決まる。教員には移動がつきものだと皆分かっていて、いや分かっているからカバーし合いケアし合う。帰宅の電車内で見知らぬよその教師から「数学の動画だろ?最近はもう、それを流してる」と声を掛けられる場面がとても好きだ。こうした場面からは、教員は子どものために働いているとはいえ、仕事と考えると授業ってそんなに面白くしなきゃならないものなのか、その矛盾の間に人生というものがあるんじゃないかと思う(それがオープニングのWonderful Worldに繋がる)。