学校をつくる、難民の挑戦


難民映画祭のオンライン上映にて観賞。原題The Staging Post、2017年オーストラリア、ジョリオン・ホフ監督作品。

2013年、オーストラリア政府に受け入れ拒否された主にアフガニスタンでのタリバンの迫害から逃れてきたハザラ(民族)の人々が留まるインドネシア、チサルア。UNHCRは難民の組織的な活動を禁じているのだから学校なんて作ったりしたら庇護申請の審査に落ちるのではという恐怖が蔓延する中、アフガニスタンの国連開発計画で働いていた写真家のムザーファは面接まで18か月、先をも知れない暮らしの中ではコミュニティーが必要、とりわけ子どもの教育について考えねばと演説し、18歳の映像作家ハディムら大勢と共に難民による初の学校、チサルア・レフュジー・ラーニングセンターを開設する。その光景にああ、学校だ!と思う。学校を作り運営することが大人達をも繋げる。映画の終わりに出る文章によるとUNHCRも「難民のポシティブな活動」を認めるようになり映画制作時点でインドネシアだけで7つの学校があるという。

作中出てくる教師は全員、それこそ15歳からの女性(教師というものが「女性の仕事」なのかもしれないけれど)。ムザーファは自身の妻や義妹を始めとする女性達が先陣を切って教師として学校作りに参加の意を示してくれたと話す。彼の「母国では未婚の男女は一緒にいられないが、ここでは皆『難民』だからね」は私には意味を汲み取るのが少々難しかったが、ハディムが「アフガニスタンパキスタンの女性についての作品」、題して『コミュニティーの心』につき「難民は常に新たな生き方を模索しており変化を受け入れるのはまず女性」「知る限りアフガニスタンパキスタンの女性はサッカーをしないがここではしている」と女性ばかりの試合の様子を撮影編集しているのには、胸がいっぱいになるのと同時に何を思っていいのか分からなかった。例えば大戦中に男性の労働力が不足したので女性達が初めて職を手にしたという話に触れた時のような…。

映画の終わり、ムザーファとハディムは第三国定住の許可を得てそれぞれオーストラリアとアメリカへ発つ。出発前の集まりでハディムが涙ながらに自分の母が13歳でいわゆる交換婚を、15歳で出産をさせられ教育も受けられなかったことを語る姿に先の映像作品の根底に流れるものが分かる。彼が冒頭、本当は自分を撮ってほしかったが叶わず友人達を撮ることで自分達の姿を世界に発信していると話していたことも蘇り、本作の意義を思った(作り手との繋がりといえば学校開設の際、現地の部族長の持ち家を借りるのに庇護申請者には行えない契約を監督と制作関係者?の女性が行っているのも印象的だった)。それにしてもこれから10年、皆どうしているだろうと思うのと同時に、ここに描かれている、難民の生はあらゆる類の恐怖と共にあるのに世界の方が難民を怖いと感じているなんて過ちはどれだけ正されたろうかと考えた。