リンダはチキンがたべたい!


キアラ・マルタが主導の共同作品とのことだし、同じ作家でもそりゃあ作品によって違うだろうけど、セバスチャン・ローデンバックの前作『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』の主人公は自慰したり放尿(というのがぴったりくるやり方で)したり過酷なストーリーの中でものびのびしていたのがよかったので期待していたところ、のびのびの表現がまた違った。複数の女達の差異によりのびのびが表現されている。リンダ達女の子4人には『私ときどきレッサーパンダ』のメイ達のように個性がある(って当たり前だけど、以前にはあまりなかったことなので…)。

(しかしこの映画にも手を使えなくなる状況が出てくるのだった。このあたりにはデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンがロサンゼルス暴動を題材にした『マイ・サンシャイン』(2017)もふと思い出した、序盤に立ち寄るスーパーの感じが似ていた)

リンダの母ポレットに一目惚れしたジャン=ミシェルが「鶏を絞めるならおふくろのところに行こう、得意なんだ、田舎暮らしを懐かしむさ」と行ってみれば全然やったことなどなく「絞めていたのは父親だよ」と言われるなんてのも面白い(ものを知らない彼のことを馬鹿にするわけではなく目線は優しい)。リンダよりも主人公然としている母ポレットは娘にビンタするような親である(それには原因があるとも考えられる)。姉に上目遣いでずいぶんな頼み事をする妹でもある。人は相手によって人が変わる。

ジャン=ミシェルの実家に入ったアネット(だったかな?)いわく「面白い家、うちと似てるけど違う」。集合住宅を舞台とする実写映画でこのことをセリフなしで表す作品もあるけれど、アニメーションなので分かりやすくしたのかなと考えた。同じ入れ物でも中身は全然違うのだと。ここではそれらを抱えた団地自体が巨大な生物にも見え、漏水はその涙のようだ。冒頭リンダが母に暴力を振るわれると、窓から見ていた子どもらはリンダが殴られたよ、ビンタされたよ、何をしたのかなと伝え合う。根底で繋がっている。終盤、チキンを食べたい!とのリンダを先頭とする行進に参加する子らが「口」だけで表現されるのにもしびれた。私がアニメーションを苦手な理由は、画面の中の全てが誰かの手で作られたのだと意識してしまうからなんだけど、こういう作品だと、そのラフさ…と言ってもいいだろうか、粗く感じられる見た目に安心して入り込むことができる。