国立映画アーカイブ「フランス映画を作った女性監督たち 放浪と抵抗の軌跡」での作品集やシネマヴェーラ渋谷「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」での短編集の上映を大いに楽しんだ後の2023年、ようやく2018年製作のこのドキュメンタリーを見ることができた(そういえば2021年製作のマーク・カズンズ『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』はアリス・ギイ作品で幕開けしていたけれど、監督はいつどこで彼女を知ったのだろう)。
アリスの生い立ちやサロン・インディアンでリュミエール兄弟の興行を初めて見て(「今も当時のまま」の会場が登場)映画製作に乗り出していくのをざっと語った後に作り手のパメラ B.グリーン監督が主に彼女の親族をたぐって調査を進めていく様が近年のドキュメンタリーで見慣れた手法でさくさく、がちゃがちゃ進められていくのには、埋もれていたのを掘っていけば次から次へと生きた証が出てくるという勢い、それによる興奮を感じた。それを伝えたいのだと。
半ばから語られるのは、アリス・ギイがどのように映画史から葬り去られていったか。彼女自身も「私の作品なんて大したものじゃなかった」としおれていた時期があったそうだが、それでもなお、本や記事の間違いを自ら指摘し(そもそも「記載されていない」場合も多いわけだけど)自身の名を取り戻すための行動を続ける。映画を作っていた頃も後に死ぬまでも闘い続けなきゃならなかったわけだ(この辺りの描写は回想録『私は銀幕のアリス』に収められている娘シモーヌの手紙から受ける印象とは少々異なるが、消された女についての物語なんだからそりゃあ女によって語り方が異なると思う)。
アリスの死後の1975年にフランスで開かれた映画関係者の対談で女性の「全ては彼女が女ということに起因する」に対し男性が「陰謀じゃない」と返したというのが印象的で、彼女の名前を書かなかったレオン・ゴーモンも映画研究者も別に悪気があったわけじゃないだろう(前者は訂正版を出す前に死んでしまい、後者については後に会ったアリスが「いい人で訂正を約束してくれた」と話している。その後は不明)。研究者はおよそ紙に書かれたことしか参考にしないと誰だかが言っていたけれど、ここへ来て作中何度も挿入される90歳にして脳卒中で倒れた後のアリス本人が語る映像の意味が違って見えてくる。
キャサリン・ハードウィックから始まるのが嬉しい、監督や衣装、役者、研究者など映画関係者へのインタビュー映像が全編通じて使われており、始めのうちはそうした専門家でもアリスを知らなかったということ、その驚きや憤慨、仕事や私生活への疑問、作品についての私では持ち得ない視点などを面白く見ていたものだけど(例えば劇場で見たいわゆるメイキング映像の『フォノセーヌを撮るアリス・ギイ』、あの機材にそんな意味があったと知らなかった)、終盤になるとそれもまた違ったふうに見えてくる。支援の輪の記録とでもいうような。スクリーンのこちら側にいるだけの私もそれに入ろうと思うのだ。