アリス・ギイ作品集


「フランス映画を作った女性監督たち 放浪と抵抗の軌跡」にて、「物語映画のパイオニアながら長らく忘れ去られていた」アリス・ギイのフランス時代の膨大な作品の中から13本(製作年は1898年から1907年まで、上映時間は1分から12分まで)を観賞。どれも面白く堪能した。写真は今夏日本公開されるという彼女を題材にしたドキュメンタリー映画「Be Natural(2018年パメラ・グリーン監督、邦題『映画はアリスから始まった』?)」のポスター。

『失礼な質問』は白黒じゃなく彩色…ってどうやって?と思っていたら、上映後の解説や自伝で確認したところによると二人の女性が「豆粒のような登場人物が映っている映像に透過性の絵具を塗って」多くの映画を着色したのだそう。「この作業に携わっていた女性たちの名前が思い出せないのがとても残念だ。彼女たちこそ初期の共同作業者の筆頭に挙げられるべきなのに」(自伝『私は銀幕のアリス』よりアリス・ギイの文章を引用)。
『マダムの欲望』で初めて作中の人物に共感、「私もやってみたい」と思う。赤子を乗せた乳母車を押す亭主を従えたお腹の大きなマダムが通りがかりの人達の物を次々取り上げて口にするというもので(単に空腹を満たすためではなく奪うのは酒やパイプといった嗜好品)、彼女がそれらをおっとり幸せそうに味わう効果音付きのクロースアップに魅せられる。この企画は映画初期の歴史をスキップしながら見ているようなものだから、変な言い方だけど映画と私の組み合わせにおける時間的に最古の共感・欲望発生装置と言える。私は妊娠出産を未経験なのに女という属性が共通しているだけで心が沿うんだから不思議なものだ。

男女の役割を逆転させた『フェミニズムの結果』は『軽い男じゃないのよ』(2018年エレノア・ポートリアット監督、奇しくもこれもフランス映画)などの元祖のような作品。『オペラ通り』で歩いている人を逆回しで見ると面白い、というのと同じ「気付き」によるとも言えるけど、その精神こそ大事なんだと思わせられる。劇の内容につき演者やスタッフの反応はどうだったろうとも考えてしまう(…ということが、なんと100年以上経った今の作品を見ている時にも稀にあるんだから驚きだ。言っちゃ何だけど私のせいじゃないよ)。
『キャスター付きベッド』は部屋を追い出されたおじさんがベッドに乗ってパリの街を走り回るもの(階段降り有!)で、それまでにない人数がカメラに収められている。随所に犬が!と思っていたら続く『ソーセージ競争』は逃げるトイプードルが人の群れを牽引。キートンのような…私の世代的にはジャッキーが通った跡がえらいことに!というのが繰り返されてとても楽しく、何度か笑い声をあげてしまった。先にはベッドを引っ張っていた鉄道がこちらでも出てきて、最後に乳母車を潰すのが圧巻。『フォノセーヌを撮るアリス・ギイ』はメイキング映像、『バリケードを挟んで』はパリ・コミューンを背景に銃による殺人や親子愛(自伝掲載のアリスの孫レジーヌ=リーズ・ベルンハイムへのインタビューによると彼女は「保守主義」だったそう)、『銀行券』では貧乏人の苦難や金持ちとの対比が喜劇でもって描かれる。数年にしてあらゆる映画の芽が揃っていたのに驚いたけれど、そういうものなのかもしれないと思う。出口があれば人間の創造力って噴き出すものなんだと。