マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルのオンライン上映にて観賞。2020年、クロエ・マズロ監督。レバノン内戦における愛と戦争の闘いの物語。戦争の方が勝手にふっかけてくる無意味な闘いに愛は耐えねばならない。
映画はレバノンの自然や街並み、行き交う人々の映像に始まる(これが映画を見ている私達からして遠い過去のものであることが、古めかしいフィルム映像の見た目で表される)。映画ファンにはイタリア映画でお馴染みのアルバ・ロルヴァケル演じるアリスが、ベイルートからの出航を待つ船上で一人「1977年3月、ジョセフへ」と別離の手紙を認めている。私達は一つの愛がどうしてそのようになったかを見ていくことになる。
冒頭可愛らしいアニメーションを用いて、アリスが「祖国とは思えない」と言うスイスでの日々が描かれる。会話のない食卓、くだらない女子教育、絵が好きでも山の他には描く気になれない。ベイルートで大学教授のジョセフ(ワジディ・ムアワッド)と恋におち結婚した後は忌み嫌う家族との繋がりが根っこで表され、それを力の限り断ち切ったアリスが当地で新たな根を広く深く伸ばしていく様子が明るい音楽と共に描かれる。子どもを作り絵を職にし、夫の兄妹との繋がりで一族が増える。
アリスにとってのレバノン内戦はラジオのニュースに始まり、当初「遠いから大丈夫」と言われていた爆撃が次第に近づいてくる。家を破壊された親戚が集って一つ住まいに暮らし、当初はホテルみたいだと子どもなどはしゃいでいたのがやがて家族は散り散りになり、消息を絶つ者も出てくる。その後は平和維持部隊が押し入り家を荒らすようになる。国から逃げてきた彼女が恋人を追ってフランスへ行きたいという娘に強く反対するのはこここそ故郷だ、よい土地だと信じたいからだが、生活を壊され致し方なく膝をついて全ての神に祈るしかなくなる。そして国のために働くジョセフと対立するようになる。
映画の始め、お手伝いの職を得てレバノンに渡ったアリスは「レバノン杉」に迎えられる。ここではそれは国の、言うなれば素朴な善意の象徴である。戦争となれば路上の血を拭き争いを止めようとするが暴力の前に何も出来ず、最後には自由を奪われる。後にジョセフが、アリスの聞くことのないメッセージとして吹き込む「国の破壊は国民全体の責任だが誰の罪でもない」との言葉が印象的で、そんな時に私達はどうすればいいのかと考える。ラストシーンでは結婚式の際の言葉が蘇る。