ハラール・ラブ(アンド・セックス)/ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール

イスラーム映画祭5にて、時間の合った二本を観賞。


▼「ハラール・ラブ(アンド・セックス)」(2015年レバノン=ドイツ、アサド・フラドカール監督)は、イスラーム法に則って関係を実践するベイルートの男女三組の話。全編に渡って明るい雰囲気。

映画は毎度の夫婦喧嘩を見に住民らが集まってくるという落語の長屋ものの雰囲気で始まるが、そのうちここで暮らすにはかなりお金が掛かるらしいことが分かってくる。同じ相手と三度目の新婚生活を営むバトゥール宅はローンが払えなくなり、夫は「誰のおかげでいい暮らしをしてるんだ」と暴言を吐く。家事と育児に追われる主婦アワーテフの夫(「ヌーヌー=ちんちん」という言葉は覚えたが彼の名前は失念)も夜中まで上司に働かされている。面白いのはアワーテフの「私こそ第二夫人がほしいくらい」で、この言葉の根にあるものは少し前に日本の「働く独身女性」が冗談で言っていたのと同じ、誰も忙しすぎるのだ(尤も賃仕事を軽減されたとて夫が家事を担うか否か分からないけれど)。

バトゥールの夫が駆け込んだ先の賢者いわく「愚か者のために厳格な規則がある」。宗教からによるものであれ何であれ、「合法」、国の制度の中で(それでもニュースによれば判決など色々変わってきているようで、日本こそ変化が少ないけれど)個人があれこれ尽力する物語をコロナ騒動の今見るのは辛いものがある。「我慢してでも婚姻と家庭を守れ」と叫ぶ母親との対比などから新しい世代は新しい生き方をというメッセージも受け取れるけれど、オープニングの愉快ながら無難な性教育の授業があれで終わりなら、あの後女子はどうしてセックスを知るのだろうか(これだって、無宗教と言える日本でもあれ以上のことをしていないわけだけども)。

「一時的結婚」中のルブナが前夫と離婚した理由が「弟に会いにオーストラリアに行くと言ったらパスポートを取り上げられ軟禁された」なのに対し相手の男性の妻と別れたい理由が「いつのまにか太った、話題はズッキーニや排水管のことばかり」というのに顕著なように(日本でも同様に「(出会い系では)女の恐怖は殺されるかもしれない、男の恐怖は相手がブスだったらどうしよう」と言うんだから実に世界共通の問題だ)、三組のいずれも女が辛酸を舐めている。コミカルに描かれているけれど、第二夫人の被る迷惑に全てを集約して解決したかのような夫婦の問題だって、毎日セックスを求められる苦痛はどうなるのか真剣に考えずにはおれない。


▼「ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール」(2017年トルコ=ヨルダン、アンダチュ・ハズネダルオール)は、爆撃で両親を失った三姉妹が隣人女性マリヤムと共にシリアからイスタンブールに避難する話。映画の終わり、リナを演じた少女は実際にシリアからギリシャへ逃れた難民だという旨の文章が出る。「ハラール・ラブ(アンド・セックス)」から続けて見ると、冒頭の「オーストラリア」(ルブナのゲイである弟の移住先であり彼女にとっても希望の地)と「男達の釣り」で繋がっている。

リナ達が住民が避難した留守宅に上がり込みドレスを身に着けてはしゃぐオープニングやイスタンブールの薬局で試供品を使いまくって化粧する場面など、前半には少女が「大人の女」にあこがれている描写が多い。内戦を逃れた少女達の児童婚に関する記事を幾つか読んでいるため予感がして胸を痛めていたらやはり、リサの姉はイスタンブールにおいてシリア難民の困窮ゆえ結婚させられることになる。このこととて悲惨だが、冒頭注意したマリヤムに言い返す「私の方が先に結婚しそうで嫉妬してるんでしょ」やちらと映った少年達の遊びの様子などに、子どもを黙って嫁に、あるいは戦争に行かせるための教育をしているに近い社会が多いことに対する憤怒を覚えてしまった。

振り返れば冒頭、仕事中の美容師マリヤムが外を通る少女達に声をかけるのは、(その言葉が「お母さんに叱られるよ!」であっても)彼女が子どもを放っておけない性質であることを表している。子どもは保護されねばならないのだから一時でも家族になるにはこの資質が重要だ。しかしこの映画でいいと思ったのは、困難な道のりにおいて二人が互いに苛々してきつく当たってしまう描写。支え合った方がいい状況だからといって人は易々と支え合えるものではない、とりわけ一方が子どもなら。自身も幼いリサが、乳飲み子に等しい妹を大切にしていながら、楽しそうなことがあると放って駆け出してしまうといった描写もよかった(とてもはらはらさせられるけど!)。

トルコ語を話せないマリヤムは手に職があってもイスタンブールでは働けない。シリアから逃げてきた人々がすし詰めに生き延びている地下室で、女達は即席の美容室を開き女同士で笑い合う(脱毛のための「キャラメル」も登場)。以前にも書いたように、かつてはアメリカなどの映画にヒロインが働いているのが美容院という作品がたくさんあったものだけど(私はあるジャンルとして括っていた)、昨今はイスラム系の映画で見るばかりだ。これもやがては変わっていくんだろうか。