ドラマ「イカゲーム」の最終話に高層階の金持ちが地べたの貧者を見下ろす大変分かりやすい図があったものだけど、この映画の冒頭の、ウェストバージニア州からやって来た農場主ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)と弟がほぼ門前払いをくらい引き上げようとする姿を見下ろしているのはいわばカメラだけ、主人公である弁護士ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)すら目にしていない。まだ「誰」も知らない。
名門法律事務所に勤めながら「無名大学を出て国産車に乗っている」ロブが誰も知らないその問題に関わるようになる切っ掛けは兄弟が出したロブの祖母の名、すなわち自らのルーツ。早速車を走らせ住宅街で自転車の子ども達と目線を合わせ笑い合う。職を得ている当地の住民は逆らえないし他の弁護士は利益がないから引き受けない、結局何らかの共通項を持つ、いわゆる同族が送り込まれる形となる…わけなんだけど、ここからの展開がトッド・ヘインズらしい。マーク・ラファロが是非描きたいと考えたこの実在する人物は、一本道をゆき追い詰められていく。
デュポン社から山のように送り付けられてきた書類を読み込みとある事に気付き慄き後ずさるロブ、その室内と同じ暗さの空の下で一人銃を抱えて家を守るウィルバー。映画の終わりにロブが「システムは人々を守ってくれない、自分で守るしかない、彼が正しかった」と言う時に私達が思い起こすべきは、この、くるってると言われるであろう姿の彼に相違ない。二つのカットの連続により、世界は続いておりどこも悪に満ちていることが分かる。一見分からずともその歪みが動物や人間の体、やがてはロブの病となって出現する。私達の代わりに彼は倒れたのだと言える。