ザ・ハッスル


Amazonプライム・ビデオにて観賞。2019年アメリカ制作、クリス・アディソン監督。フランク・オズの「ペテン師とサギ師 だまされてリビエラ」(1989)に大変忠実で、これじゃあ同じ話じゃん!ってそれをリメイクと言うんだった(更にその元となっている作品は未見)。男女逆だけどそう面白くなく、振り返れば元々すごく面白い話ってわけでもなく、あの楽しさはスティーヴ・マーティンの魅力にかなり依っていたんだなと思った。

オリジナルではグレン・ヘドリーが演じた騙され役にアレックス・シャープ…って何歳なんだ?今調べたら1989年生まれの31歳だった。年齢に言及する理由は、「ペテン師とサギ師 だまされてリビエラ」は「弱いはずの存在の方がうわてだった」、ひいては大げさなようだけど「女も同じ『人間』だった」という話なので、単に男女を逆転させただけじゃ意味がないから。ここでは騙され役を若輩者にすることで男対女じゃなく大人対子どもの、若いと思って舐めていたら…という構図をも作りその問題から目をそらさせている。とはいえセックスが絡んでくるので本当に子どもじゃダメなわけで、子どもに見える大人が必要、それが彼。これはかなり好意的な見方だけど(笑)

(「男は馬鹿だ」と同じニュアンスで「女は馬鹿だ」、「女は強い」と同じニュアンスで「男は強い」と言えるなら、こんな話も男女逆転させただけで通用するだろうけどね。尤ももしもそんな日が来たら、これらの言葉は消滅するだろうけどね)

ジョセフィーヌアン・ハサウェイ)とペニー(レベル・ウィルソン)、男ばかりを騙す二人(「あそこはレズビアンの溜まり場よ」「女相手でもやってみようかな」というペニーのセリフはある)の根には通じるものがある。出会いの場での後者の「男は女の感情を利用して搾取してる」、望まぬ再会の場での前者の「男より女に詐欺が向いている理由は(略)男が女を自分より下だと思ってるから」。こうしたやりとりにはオリジナルにはなかった真実味がある(ただし真実味なんてものがある時点で、この物語を男女逆にすることの難しさがまたしても浮き彫りになっている)。ここで女同士が交流を深めたのでは話が続かないので、いずれもペニーが話を聞いていないというギャグ?ではぐらかしているところに努力の跡も窺える。

ポール・フェイグの映画なら「一般的」な美女ではないメリッサ・マッカーシーが普通にもてまくるところを、レベル・ウィルソン自身が製作に名を連ねているせいなのか、本作の彼女は「男がこんなふうに私を見た時、こいつから金をとってやろうと決める」なんて告白するのだった。オリジナルのスティーヴ・マーティンは自身の「男の魅力」に自信を持っていたから、これは大きな改変だ。どんな形であろうと複数の女と男とが存在する時、女は真に自由ではいられない…とすれば物語のラストはそこから解放されたと見ることもできようか。これもあまりに好意的な見方だけど(笑)