恋するベーカリー


新宿ピカデリーにて公開初日。面白かった。


冒頭から、「バカンス」っぽい町や明るいマーケットの風景、「若い女」の身体(いやらしさも感慨も含んでいない、単なる広告のようなそれ)、真っ白な服を着こなす主人公、身の回りには、現実よりちょっとだけさわやかな青年たち…という、ナンシー・マイヤーズっぽい、女性にとっては居心地のいいであろう世界が広がる。



3人の子どもを育て上げたベーカリー経営者・ジェーン(メリル・ストリープ)は、息子の卒業式のために訪れたホテルで元夫のジェイク(アレック・ボールドウィン)と再会。お酒も入って盛り上がり、一夜を共にしてしまう。


「昔の夫と不倫してるの」…よほどの問題がない限り、人間関係は当人がよければそれでいいと思うから、それもありかな?原題の「It's complicated」(込み入った)状態になったメリルが、甘いワイロを手に精神科医のアドバイスを求めたり、友達に告白した後「話せてよかった!」と安堵したり、ドレスを用意して「愛人」の立場を楽しんだり、「家庭に波風は立てたくないのに私には平気なのね」と打ちのめされたり…という行動や思いが、生々しくない程度に細やかに描かれている。
メリル&アレックの「ホット」なベッドシーン…というかベッドシーンをお上品に包み隠したシーン(「射精」には21世紀にこれもありかと思った・笑)や、メリルに接近するスティーヴ・マーティンに嫉妬するアレックのドタバタなどは、前時代的なコメディって感じだけど、3人の堂に入った演技やセリフのやりとりが楽しい。


私は昔から、男性に対して、楽しい・嬉しい・こう思うなどと言う時は、自分だけを主語にするようにしている。私にとってはそれが誠実な態度だから。
作中、「敏腕弁護士で口が立つ」アレックは、常に「僕たち〜」と二人称で感想を述べる。悪気はないんだろうけど気になってたのが、最後、あることを述べるのに「僕たち…じゃなくて僕は」と言い直す。するとメリルが「いいえ『私たち』がよ」と口を挟む。考え方の変化を表してるわけじゃないんだけど、印象的な会話だった。
またこの場面のやりとりで、身勝手で強引にも思えるアレックが、見方を変えれば一貫して「豊かな結婚生活」を望んでいるだけであり、それを諦めたかつてのメリルとは合わなかったのだということが分かる。もっとも中盤の「昔は互いに忙しくて…今は二人とも成長したのさ」というアレックのセリフには、豊かな愛情生活を営むには、結局金と暇が必要なのか?と思ってしまうけど(笑)


現在の妻に別れを告げてきたアレックとメリルが家の外で話をしていると、キッチンから子どもたちが「どうしたの?」と出てくる。こんなときに面倒な…と思ってしまったけど、自分に置き換えれば、両親のことなら気になって当然だ。子どもを作れば…あるいは作らなくても、結婚すれば、「二人の問題」が「家族の問題」になる。男女の仲と家庭とを心の中の同じステージで扱うのって面倒だけど、この映画では、子どもの自立や話し合いによってそれが成り立つのだと示される。


メリル・ストリープはどのシーンでも自然、かつ表情豊かで魅力的だ。バーのカウンターでの上気した顔、唇をかんだはにかみ顔、クロワッサンをオーブンに入れるときの上目づかいの顔、「修羅場」の後の放心した顔。その役柄は少々地に足が着いてない感もあり、平気な顔でスティーヴとの約束を忘れてるのが可笑しい。
アレック・ボールドウィンについては、私は昔からボールドウィン兄弟ってチャームさえあればいいと思ってるから…そもそも役柄として、自分の「セックスアピール」を提供しようと頑張る男って、その内容がどんなものであれ(笑)憎めないものだ。
スティーヴ・マーティンには、登場時こそ「私ならあんな笑顔の人の運転するクルマには乗らない!」と思わせられたけど、意外と普通の、ちょっとナイーヴなおじさんが板に付いていた。パーティでのダンスシーンが見せ場。「付箋を付けといたよ」に笑わされ、「ぼくはこう見えてもマッチョじゃないんだ」というのに泣けた。


3人が演じる役柄の「世代」に重きを置いたシーンやセリフも結構ある。例えばアレックが「夜、皆で観よう」と借りてくるのは「卒業」のDVD。ダスティン・ホフマン演じるベンが逢い引きのために赴いたホテルでないがしろにされるという、コメディタッチの場面が映る。作中のアレックとメリルは、この映画の公開時にはベンとおない年くらいか。
メリルとスティーヴが「30年ぶり」にマリファナを吸う(R15指定はこのため)背景では、ボウイの「Rebel Rebel」が流れる。ちなみに別のシーンでスティーヴは「78年のデートはシンプルだったけど、今は難しくて…」と言うけど、どう難しいのかな?