幸せをつかむ歌



メリル・ストリープ演じるリッキー(リンダ)が振り返って歌い始めるオープニング、次いで映るのはギターを弾くリック・スプリングフィールド演じるグレッグ、そしてリッキーのバンド「Ricki and the Flash」、曲はトム・ペティの「American Girl」。ライブシーンにはいずれも適度な臨場感があり、終盤の、グレッグの「子どもにどう思われたっていい、愛するのは親の義務だ」との言葉を活かしたブルース・スプリングスティーンの「My Love Will Not Let You Down」にはじんとした。
基本的には「懐かしの」アメリカンロックを演奏するこのバンド、もといリンダが、女性ボーカルの曲となるとまず「最近のをと言われたから」とガガの「Bad Romance」、後述する、会場の空気がぎくしゃくした際にはキーボードの黒人の爺さん(バーニー・ウォーレル)に「ピンクだよ」と促されて「Get This Party Started」を歌い始めるのが面白い(といってもどちらももう、新しくはないけど!今世紀ではある・笑)


私にはこの映画は、誰もがもしかしたら、一番辛い心の部分には触れてもらえない、そこは自分だけの領域なのだ、という話に思われた。リンダの娘ジュリー(メイミー・ガマー、メリルの実の娘)は母親から「離婚なんて大したことない」と言われるし、リンダの近況を聞いてのグレッグの言葉も、私からすると頓珍漢である。あれこれあった後にリンダが「男はいい曲を作れば何でも許されるのに、女は子どもの学校行事を一度さぼったらおしまい」から言葉をほとばしらせてしまうと、彼は「タマが縮んじゃった、怖いよ」といなす(「ステージ上だから」というだけには受け取れない)
しかし、全然「分かってない」グレッグとリンダは「この時の幸せ」を共にする。リンダには彼が「分かってない」ことが分かってないかもしれないし、他の誰かにとってはリンダも「分かってない」かもしれないし、これは(「男女間」に限らず)そういう話である。「男はいいよね、全く」と「ミック愛してる!」が同じ心の中に在る、換言すれば私達はそれらを飼い慣らしている。


大勢の人が集まる「場」が二つ描かれる。一つはRicki and the Flashが契約しているお店、もう一つはリンダの息子の結婚式。何度も出てくるライブハウスは場末の雰囲気がありながら常に適度に盛り上がっているが、先述した、リンダが心情を吐露してしまった時には、女性や一部の男性が情け深い顔になる一方、多くの男性は白けてしまう。いつもは一体感のある場も、誰かが心の奥底をさらけ出すとこのように分断される。
結婚式の会場では、リンダがスピーチに続けてステージで「boys」と演奏を始めると、新婚夫婦を筆頭に(新婦は始めこそ渋っているが)皆が踊りだす。しかし全員というわけではなく、顔をしかめる人や席を立つ人のカットが執拗なほどに挟み込まれる。だから最後の「踊っている人は、踊っている」ダンスシーンは、踊りが激しく盛り上がるほどに奇妙で、心に残って、映画の前半の、リンダの娘が思いもかけず「打ち返して」くる面白さなどが掻き消えてしまう(笑)


犬といえばケビン・クライン。本作でも彼演じるリンダの元夫は豪邸の中で飼っている。この犬、初対面のリンダの方になついてしまうのではないかと思わせる場面があるも、ピートが「リラックス」するとソファで彼に寄り添って寝る(この時の顔、超可愛い!)元夫だって完璧に「幸せ」ではないかもしれない、それでも…そういう映画だった。ケビン・クラインの薄くなった頭のアップ、あの場面だけでも、まあ見てよかった。