イップ・マン 継承



オープニングタイトル、木人椿と向かい合うイップ・マン=ドニー・イェンの様子に、奇妙なほどの豊かさを感じた。まるで過去と未来とが共にあるようだった(見終わると、物語の「その後」なのだと分かる)。
その姿の醸し出す、「一人」だが「一人」でないという空気こそ、終盤に妻ウィンシン(リン・ホン)が口にする「あなたはあなたに属しているが他のものにも属している、家庭にも、この場所にも」ということである。彼女にそう言われる場面までイップが木人椿に触れる場面がないのは、映画的な省略ではなく、ウィンシンが言うように、実際に彼が「離れていた」からである。


(その時には)いつなんだか分からないイップの木人椿うちの後、まず武術を見せるのはイップとチョン・ティンチ(マックス・チャン)の息子達(途中からただの殴り合いになるのが可笑しい)、それから私達がその行く末を確実に知っている、後のブルース・リー(チャン・クォックワン)である。始まって早々「未来」の予感に満ちている。
イップが作中初めて「闘う」のは小学校においてである。門をくぐろうとする悪者達の「お前は学校に通ったか?」「いや」というやりとりから、この映画は、学校に通うことで心を正しく出来ると訴えていることが分かる。またマイク・タイソン演じる悪役に娘がいることから、彼が物語からああして退場することも予想できる(はずだった)。


息子の喧嘩で呼び出されるも遅れてくるイップに、ウィンシンは目を合わせない(子どもにご飯を、という話で笑顔が出るのが何だかリアルだ)。更には他の師匠連と写真を撮っていてダンスの約束を忘れるという不穏なエピソード。夫婦のすれ違いが最高潮になった朝、彼の足の裏が大きく映る。そんなところを見られるのは親密な相手だけだが(回想シーンにも妻の素足を気遣う場面が入っていた)彼女は見ずに出ていく。
ウィンシンが思いを打ち明けた後、「食事と就寝」(を共にするのが夫婦だとは、今年の映画「ラビング」を思い出すじゃないか)を重ねた後の、居ながら見ない二度の闘い。エレベーターでの二人はまるで「われても末に…」だ(考えたら、夫を信じていなければあの階まで来ないよね!開いたらやばいかもしれないもん・笑)。ここでは妻は夫を扉と柵ごしに見るが、最後の闘いでは館の格子越しにイップを見るのは私達だけ、彼女は背を向けている。自身が望んだ闘いである。



写真は新宿武蔵野館のエレベーター。眺め暮らしたい(笑)


話の内容を知らなかったので、冒頭、マックス・チャンとドニーさんが保護者仲間!と興奮してしまった。しかしマックス演じるチョンが息子を迎えにイップの家へやって来た際の、調度などを見るあの目つき。一瞬で彼の心中とその後の展開が分かる。車夫である彼が、息子を乗せずに並んで歩いて帰る時と乗せて引いて帰る時とがあるのが面白かった。
ともあれ年頭の「ドラゴン×マッハ!(殺破狼II/SPL 2)」以来、マックス・チャンが出てくると「マックス・チャンがかっこいい」ということしか考えられなくなるのに、そのマックス・チャンと神のドニーさんが闘う、しばらく二人だけがずーっと映ってるんだから、すごい映画である。