ダラス・バイヤーズクラブ



1980年代。テキサス生まれの「カウボーイ」、ロン(マシュー・マコノヒー)は運び込まれた病院でHIV陽性と診断される。余命30日と宣告された彼はエイズについて勉強し、アメリカでは未認可の、副作用の少ない治療薬を求めてメキシコに渡る。


面白かった、いい映画。「ドッグフードにされる馬」にならないよう、自分で自分を生かすにはどうしたらいいか、そのためにはシステムに取り込まれちゃいけない、そのためには学び続けなきゃいけない、という話。といっても「大層」に描くわけじゃなく、そこにあるのはちょっとした心の動き。マコノヒーの表情が本当にいい。冒頭、自宅で倒れた数時間後に気がついた際の目付きで、ロンが画に描いたような「レッドネック」じゃないと「分かる」。この場面で惹き込まれ、後の物語がすっと心に入って来た。
病院で告知を受けたロンは図書館に出向いて本を読み、コンピュータのディスプレイ上の資料をペンでなぞり、自分がエイズになった理由を知る。その後も彼は、直接の描写こそ無いけど「勉強」を続ける(会話の内容から、とにかく関係者と話をしているのかなと思う)。空港から担ぎ込まれた先で目覚め、開口一番「何を点滴してるんだ?」。メキシコの医師の元で芋虫の排出するウイルスについて話を聞き、それに関する論文を読む姿がいい。


「マッチョ」極まりない言動をしていたロンが、薬を売りに出向いた店で、「ビジネスパートナー」である「ゲイ」のレイヨンジャレッド・レト)に「あなたの蜜が蜂を誘惑してる」と軽口を叩かれ、その言葉、すなわち自分が他人の欲望の対象であるということを受け入れる、というか受け流す場面に涙がこぼれてしまった(実際に「誘惑」になってるか否かはどうでもいい)。ここへ来て、彼に冒頭のあの目が重なった。レイヨンの方も、それを「言える」時期を掴んでいるのがすごい。そういうやつなのだ。
オープニング、ロンは暗がりからロデオを見つめながら女とセックスしている。後に友人と共同で?女達を家にも呼ぶが、どの場面でも女は冷めている。対して、クラブの客の中に女を見つけて速攻で「致す」のは、まさに互いが欲しているといった感じで、ロンの方も「求められて」いる。この場面が面白いなと思った(笑)


ジェニファー・ガーナー演じる医師のイヴは、おじさんばかりの会議に一人、喉がつかえたような顔で出席している。当時まだ女性は少なかったのか(地域性もあるのかな?)、ロンに看護師じゃなく医師を呼べとしつこく言われ「I'm fuckin' doctor!」と返す。それを「気に入った」ロンは後に別の医師に噛み付いていわく「彼女の方がずっといい医者だ、俺の目を見て話すからな」。
イヴが登場時のまま作中しばらく同じ表情なのは、あの顔が表してる感情を抱えてたということなんだろう。それが、ロンとのデートの場面で初めて見せる笑顔の素晴らしいこと。彼との出会いが切っ掛けで解放されたのだと分かる。二人は「パートナー」になるわけではなく、ただ個人同士として付き合う、この感じがいい。彼女が先頭に立っての、一人戦いを終えたロンを迎える割れんばかりの拍手に、私には「耳鳴り」が一瞬消えたんだけど、彼にはどうだったろう、そのことが気になった。