野良犬


日比谷シャンテにて。せっかく旧作を観るなら、あまり馴染みのない監督のを…とも思うけど、シャンテというのが入りやすく、観れば面白いもんだから、また行ってしまった。


野良犬 [DVD]

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村上刑事(三船敏郎)が提出する辞表に「昭和24年」とある。終戦直後の東京を見られるのが何より楽しい。全てのシーンに撮影地のテロップを入れてほしいくらい。村上が女スリを尾行する「下町」、密売屋を探す「場末の盛り場」。佐藤刑事(志村喬)が仕事の合間に風に吹かれる屋上からは、お堀らしきものが見降ろせるけど、「淀橋署」なのになぜ?
登場人物それぞれの暮らしぶりも面白い。木村功演じる犯人の家族は「小屋」に住んでいる。義兄の東野英治郎は桶職人で、妻と刑事のやりとりの間中、作業の音をわざとらしく響かせる(これや「ハーモニカ」などのうるさい音は、私はあまり好きじゃない)。淡路恵子の踊り子は、高円寺のアパートに母親と二人暮らし。周囲の住人が聞き耳たてる様は、「長屋」と変わりない。佐藤が縁側から「帰ったぞ〜」と上がるのは閑静な一軒家…今のどのあたりだろう?
以前SL列車に乗った際、作りの狭さを実感したものだけど、昔の日本では何もかもが小さい…というか「低い」。女スリを探しに出向く「どぜう屋」なんて、そのへんのトイレみたいな感じだ。皆が地面にへばりついて生活している。その代わり空は高い。


「赤ひげ」観賞時と同様、周囲の年配男性に受けてるけど、私には(映画としては楽しいけど)可笑しくない、という場面が多かった。
ベテラン刑事の志村喬が気の利いたセリフを口にするたびに、客席では笑いがあがる。記者とのやりとり「ホシは?」「曇ってるから見えないぜ」なんて爆笑。また女スリと彼のやりとり…「人権蹂躙で訴えるわよ」「オツな言葉を知ってるじゃないか」「もっとオツな言葉を知ってるわ」「何だ?」「バイバイ」なんて落語みたい…というか、今聴く「古典落語」が世間に根付いてた時代なんだなあと思った。


冒頭の、村上刑事と女スリとの追いかけっこのシーンは、無声映画のよう。音楽のみが流れ、刑事が道行く人に何か尋ねるシーンなど、いちいちセリフは入らない。考えたら、とくに聞こえなくてもいい声というのがあるものだ。


うだるような暑さに、登場人物は、アイスキャンディーをなめなめ、扇風機を手で抱えて自分に向ける。汗だくになった踊り子たちが、控え室で小山のようにぐったりしてるシーンには、(自分が汗かきなので想像して)気分が悪くなってしまった。