リアル・ペイン 心の旅


「妻が用意したブラジルナッツ」ほど「いいもの」じゃないけれどナッツを入れてヨーグルトを食べる私としては、そうすれば美味しいのにと思いつつ、ベンジーキーラン・カルキン)がポケットから出したぬるくスプーンのないパックを、たまたま従兄弟のために持ってきたことにされたのかもと疑っていると、デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)によってそれはあっさりゴミ箱に捨てられてしまう。映画の終わり、あれは確かに彼のために持ってこられたのだと考えた。「ほとんど兄弟」の二人の互いに対する優しさがうまく機能しない様が全編通じて描写されており面白かった。

初対面時のあいさつで「彼らは魅力的で…」とまず述べたホロコーストツアーの英国人ガイドのジェームズ(ウィル・シャープ)は、ゲットーの門の前で「ここをくぐったら悲劇的なことじゃなく豊かな暮らしぶりを想像してください」と言う。それは視点の強制のようにも有意義な示唆のようにも取れるが、後者のように感じられたのは私が教員だからだろうか。墓地で彼のガイドにベンジーが異を唱える内容とやり方が見事で、二人の別れ際のシーンは(劇場に笑いが満ちたその後の「オチ」含め)素晴らしかった。

ルブリン強制収容所でのジェームズの「信じられないでしょう、3キロ先で普通の生活が営まれていたなんて」に映画そのものの見方が変わる。ガス室が、積まれた靴が映る時、その3キロが映画館のスクリーンのこちら側の私のところまでずっと伸びてくる。ベンジーが屋上へ出たがるのは、仕切りのない場所に行けば離れた収容所の明かりだって見えるからなのだと分かる。人の心に対してもそうしたい、されたいのだと。旅の終わり、デヴィッドはその思いにあまりに馬鹿げた、見ている方としては笑うしかないやり方で応えるのだった。

ベンジーがシャワーを浴びる場面とエンドクレジットにはMy Conversationが使われていたけれど、それ以外は一人で演奏する楽器であるピアノによるショパンが流れ続けていたのがよかった。デヴィッドが「ぼくも習ってた」ピアノを弾くベンジーを置いてレストランを出、ホテルの部屋に着くと脳内に皆の拍手と「ベンジー最高!」が響く演出。車掌の目をかいくぐってタダ乗りをもくろむと結局ベンジーが否定した一等車に乗ることになる一幕の、子どもの頃の二人が脳裏に浮かぶような「子犬のワルツ」。この時の彼の返答「一等車で構わない、何かした結果だから」が、後に屋上へ続くドアを破る姿に被る。私にはこれは、何もしないってあり得ないよね、という話に思われた。