aftersun/アフターサン


「ママとの電話で、どうして愛してるって言うの?」
「おばあちゃんやおじいちゃんには言うよね?」
「それは家族だから…」

(以下少々「ネタバレ」しています)

「11歳の誕生日」が存在しなかったことに憤慨した女性とは「別れた」けれど、今日、娘が同じ…似た気持ちをぶつけてきた。その晩「愛してる、忘れないで」とソフィ(フランキー・コリオ)に書き残し嗚咽するカラム(ポール・メスカル)。ディナーの席でアイスクリームを食べる娘を見るその顔は生まれ変わったように見えた。夫婦は奇妙なことに恋なんてもので始まる(から時に「終わる」)けれど親子にはそうでない何とも言えない関係があり得る、いや単にこの二人のような関係があり得る、更に新たなそれが生まれようとしているという話に私には思われた。

ツインのはずがシングルだったベッドで早々と娘が立てる寝息をこちらに、いやバックにガラスの向こうで、それゆえ無音で父がタバコを吸っている。場面替わると寝ている人物が入れ替わり父の寝顔を娘が見ている。これが映画というものかと思う(特に心動かされたわけではない)。私は親の寝顔を見るという行為をした覚えがない。それは「親」が疑いのない存在だったからだろう、呑気なことにも。

「あの子に声をかけておいで」
「あんな年下…パパこそあの子のお父さんに声をかけてくれば?」
「あんな老人(と笑いを誘う)」

兄と妹にも見られる二人は海の上での画のようにいわゆる二人ぼっちである。しかし父が「40になる想像がつかない、今30だなんて信じられない」と言うのに対し娘の方は自分より上の世代に属する意識、すなわち未来への展望を持っている。至近距離の男の子の腕、プールの中で見る男女の戯れなどをキスを体験することで自分のものにしてから、様子が変わってパパに温泉の泥を塗ってやったりする。彼女が通り抜けたつもりだったのはパパがママと電話しているボックスのガラスだったのかもしれない。