映画は退役軍人聴聞会において若者が証言するのに始まる。原稿を読んでいた彼の口から「自分の言葉」が飛び出し、幾つかの数字でアメリカの軍事が語られる。これは「アメリカが他国に攻撃されてから他国を攻撃するまでの日数…555日」の話である。
顔の半分に光が当たり半分が陰になった彼の「なぜ戦争を?」で場面変わってアメリカがイラクを破壊する映像が次々映し出され、更に場面変わってジョナサン・ランデイ(ウディ・ハレルソン)がキメキメのセリフを放つ。素晴らしい冒頭ながら、私には気の抜けた炭酸飲料のようにも感じられた。記者役のハレルソンとジェームズ・マースデンの、映画を楽しくしよう!という演技や場面が話にそぐわないからだと思う。不謹慎という意味じゃなく、上手く言えないけど、合ってない(笑)
「我々は戦争に子どもを送り出す人々の味方」「政府が何か言ったら必ず問うんだ、それは真実かと」と演説するウォルコット(ロブ・ライナー)の元で働くナイト・リッダー社の記者たちの情報源は、「大手メディアが会わない」「low level」の人々。作中では真実が真実を呼ぶ。彼らが真実を(ボスやスタッフの助けにより)分かりやすく書くことにより、それを読んだ、自身の知っている真実を世に明かしてほしいという者から更なる情報提供がある。
しかし嘘が嘘を呼んで巨大なくそになる勢いには勝てない(「ニューヨークタイムズにそう書いてあった」と演説されるのだから)。でも負けちゃいけない、真実は何かと考えることをやめちゃいけないと訴えるためにこの映画がある。ウォーレンのお向かいさんのリサ(ジェシカ・ビール)が「あなたが記者だと知って猛勉強した」の場面には、今まで知らなくたってこれから勉強すればいいということが描かれている。
息子の「学校でアメリカは偉大だという勉強をした」との話を受けて「あなたには愛国心でも、私には国家主義」とジョナサンに反論する妻ヴラトカ(ミラ・ジョヴォヴィッチ)は彼とは出自が違う。しかし彼女の「直感が当たる」のはなぜ…映画内での意味は何だろう?それも出自のため?冒頭のアダムの母親が夫の見ているテレビのニュースを見たがらないという描写と合わせると「母親だから」とも取れる。この辺りは釈然としない。
それにしても、実際に国家主義めいた授業が行われるとして、教員・管理職・(日本なら)教育委員会、アメリカではどういう経緯で行われるんだろう。ナイト・リッダー紙が真実を掲載するのだってそう、組織の管理職の判断がもたらす政治的影響は大きい。