リンカーン




「でも、どうやって?」
「この大馬鹿者め、
私はアメリカ合衆国大統領だ、絶大な権力を持っている
私のためにさっさとあと二票を集めてこい」


オープニングから惹き付けられる。作中一度だけの、一面に広がる戦闘シーンの後、北軍の黒人兵士二人が現れ、(最初はそれと分からないが)「大統領」に向かって語り、訴える。背中から登場したリンカーンダニエル・デイ=ルイス)はそれを受けた上で、ちょっとしたジョークで彼らをなごませる。新たにやってきた白人兵士二人が大統領への敬意を表し、ゲティスバーグ演説を暗誦してみせるが途中で詰まる。彼らが去った後、先程の黒人兵士の一人が残りを言う。ラスト近く、可決された憲法案の文章を読み上げる人物にしてもそうだけど、リンカーン自身の口からじゃないのがいい。
ここで更に心躍らされたのは、白人兵士の一人がルーカス・ハースだってこと。スピルバーグ作への出演は、もしかして「世にも不思議なアメージング・ストーリー」以来かな?彼の出演はたったこれだけだけど、それで「十分」だし、勿体無いというよりキャストの贅沢さを感じる。


本作は、憲法修正案を可決させるというリンカーンの意志によって起こる、彼やその周囲の人々の会話劇だ。見ているこちらは修正案が通ったと知っているから、使節団絡みのごたごたも何とかなるんだろう、と思う。この映画の見どころはそうしたスリルじゃなく、単純に、場面ごとの、またその積み重ねの妙。とてもうまくできており、とても面白い。
会話する人数は様々、密室で行われるものもあれば、開かれているものもある。下院議会の場面なんてどれもエキサイティングでわくわくする。初回でロビイスト達(うち一人がこれも嬉しい、ジェームズ・スペイダー!劇場で見るのは「セクレタリー」以来)が転びそうな民主党議員について観察する場面や、民主党の議員達が共和党「過激派」のスティーヴンス(トミー・リー・ジョーンズ)を一斉に見やる場面などの楽しいこと。「セリフ」の他、机をばーんと叩いたり扉をばたんと閉めたりする「音」も効果的で、「身売りした」民主党議員が幹部の元に連れて来られた際にドアの閉まる音のでかさには笑ってしまった。
また、例えばリンカーンが妻メアリー(サリー・フィールド)に「弟ばかりじゃなく兄のロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の方も構ってやって」と言われたことが、リンカーンがロバートを病院に連れて行く場面に、パーティの夜のリンカーンとスティーヴンスの密会が、スティーヴンスが次の議会で「信じられない」抑制心を見せる場面に、リンカーンと黒人メイドとの玄関先でのやりとりが、リンカーン自身が「ロビイスト」活動に乗り出す場面に…と全てが繋がっている。誰かの言葉が誰かの行動を生む。これが面白い。


登場人物が多いため、全ての人物が…リンカーン本人さえも出ずっぱりじゃないけど、誰もが不思議と(メイドの「私達黒人をどう思いますか?」という問いに対するリンカーンの答えじゃないけど)「身近」に感じられる。登場シーンでまず、どんなキャラクターだか分かるのもいい。
リンカーン自身については、国務長官スワード(デヴィッド・ストラザーン)との「金を使うわけにはいかない」「そんなことは関係ない、ただ20票が必要なだけだ」というやりとりに始まり全篇、文字通り「手段を問わない」人物だということが強調されている。終盤の「now! now! now!」シーン(これ、実に「逆・予告編サギ」だった)における共和党幹部?とのやりとり(この文章の始めにあげたもの)だってそうだ。作中最も激昂するのがこの時である、ということから、本作は「リーダー」に必要なのは「手段を問わない」ことだ、と訴えたいのかなと思う。
彼は、息子のロバートから「法なんてどうでもいい、弁護士になんてなる気はない」、民主党議員からは「弁護士の詭弁」と非難されようとも、弁護士の頃から慣れ親しんでいる「法」と、国務長官いわく「ネズミの巣」である下院を手段として使い倒す。その一念に、「一時の」仲間となったスティーヴンスはリンカーンのことを「アメリカで最も純粋な男」と言うのだった。


サリー・フィールド演じるリンカーンの妻メアリーは、殆どの場面で豪奢なドレス姿。彼女が三男の死を嘆いて涙を流す顔が、次の場面のパーティの笑顔に重なることから、彼女が「浪費家」なのは心痛のためだとも解釈できるけど、なぜか、そうは言ってももともと浪費癖があるのだ、というふうに受け取れる。嵐の夜の夫婦の諍いの後日、オペラを共に観賞している場面での、どこか開き直ったような態度といい、全てにおいて「自然」な感じがいい。
出番が少なくとも印象的だったのが、リンカーンの秘書(ジョセフ・クロス)。会議の際、後ろに控えた彼が雇い主の話に笑顔を浮かべるカットが挿入されているのが心に残った。リンカーンの話は、背中を向けている者にもよく伝わっているのだ。


ロバートが入隊の決意を固めることになる「あの場面」、直前にリンカーンの(負傷兵に対する)「ステーキでも食べるといい」という言葉が聞こえるのが、意図せず?悪趣味でいいなと思った(笑)