BOY A


上映終了間際になんとか観賞。面白かった。



かつて「BOY A」と呼ばれた青年(アンドリュー・ガーフィールド)は、過去の罪を償い、「ジャック」として再出発を果たした。ソーシャルワーカーのテリー(ピーター・ミュラン)のサポートにより、アパートを借り、運送会社で仕事をこなす。相棒や恋人にも恵まれるが、本当のことを打ち明けたい衝動に駆られることもあった。


主役のアンドリュー・ガーフィールドは「大いなる陰謀」でレッドフォードの相手役を努めた俳優さんだそう。全然覚えていなかったけど、表情豊かな可愛い子だ。


物語は、出所の決まった主人公が、明るい日差しの中、テリーからナイキの「escape」を贈られるシーンに始まる。彼は自分に新しい名前を付ける。
彼の「過去」は、少しずつ明かされる。少年時代の彼は、似たような境遇の友人とつるんでいた。二人の(相変わらずの)イギリスっぽく着崩した制服、言われなければ70年代と区別の付かない田舎の風景にぐっとくる。友人の「最後の扉が閉まるまで…」のセリフには涙がこぼれた。彼等が罪を犯す場面は、直接描かれないだけに恐ろしい。


現在の「ジャック」にも、職場の同僚クリスという「相棒」がいる。彼等の過ごす、他愛ない時間の描写が素晴らしい。田舎ということもあり、暮らしも娯楽も素朴だ。女の子もつかまえず、ただ飲んで一騒動あっただけの晩をクリスは「最高の夜だ」と言う。


恋人ミシェルとの時間も豊かなものだ。ソファやお風呂での二人のセックスは、ここ数年映画で観た中でいちばん気持ち良さそうだった。始め「うまく」できずに戸惑う「ジャック」に対し、ミシェルは「もう一本映画を観て、お酒を飲めば大丈夫よ」と言う。その通りに再び時間を過ごす、若い二人の姿が何ともいい。
10年間を刑務所で過ごした彼には、言動に、どうしてもぎこちない、おかしなところがある。そんな彼と、特別な人間じゃない、ごく普通の彼女とが、思いやりをもって接し合う描写がとても良い。最後に彼女が一人で流した涙は、どういう意味だろう?と考えた。


意地のわるい見方をすれば、私からするとこの話は「社会的意義のあることをする前に、身近な人のことを考えろ」という教訓話である。結局、「どんなに信頼できる相手であっても真実を打ち明けてはならない」と言っていたテリー本人のミスにより、ジャックは窮地に陥るはめになるからだ。テリーの「父親」としての評価は、映画の中ではその息子の言葉によってしかなされないけど、本人など他の側からはどのようなものだったのか、想像してしまった。