チャップリンからの贈りもの



▼先週、「『チャップリンからの贈りもの』公開記念 チャップリン幻の名作デジタルリマスター版のプレミアム上映&トークショー」に出掛けてきた。
「フランス映画」というわけでトークゲストはカジヒデキ小柳帝氏。内容は主に、本作の音楽を担当しているミシェル・ルグランチャップリンについて。私は予告に遭遇した時点でルグランの音楽に涙が出ちゃったんだけど、カジ君は「この映画のルグランの音楽は全盛期を思わせる」と絶賛していた。


その後に上映されたのは「チャップリンの移民」「チャップリンの冒険」「チャップリンの霊泉」という、いずれも1917年作、ミューチュアル時代最後の三本。チャップリンの映画をスクリーンで見るのは初めて。場内けっこう盛り上がり、楽しかった。笑いだけじゃなく、ああっ!なんて声もあがって(笑)
チャップリンの、特にぎりぎりこの頃の映画だからか、見たあと体を動かしたくなってしまった。特に「冒険」の、チャップリンといつもの大男(ヘンリー・バーグマン)との、後ろ脚での尻の蹴り合いとでも言おうか?がやりたくてしょうがない。それにやはり「冒険」のアイスのシーン、爆笑してしまった。ああいう、何の関係もないその辺の人が迷惑を被る(のが「笑える」)映画って好きだなあ。



▼当の「チャップリンからの贈りもの」は想像以上にミシェル・ルグラン映画であり、遺族が協力・出演したチャップリン映画であり、更に監督が今も通じる70年代の貧乏人のあれこれを盛り込んでるもんだから(勿論それは「チャップリン」がテーマだからなんだけども)少々お尻が落ち着かなかった。
先のトークショーで「ロシュフォールの恋人たち」の件を聞いていたのに忘れており、クリスマスの贈り物のテレビにまず映ったのにはっとした。娘の顔がぱっと輝くと私も嬉しくなる。彼女とエディおじさんが「チャップリンの冒険」を見る場面ではクライマックス辺りが結構長々と映し出され、私も見た見たと思う。


オープニングクレジット、ルグランの曲にのせてレマン湖?の水面をすべるカメラになぜか「穏やかに召される」イメージが湧く(「ライムライト」が頭にあったせいか)無音で延々と続く墓泥棒の描写の後、夜の道を滑り出す車の俯瞰ショットにルグランによる「テリーのテーマ」(これを皮切りに何度か使われる)。ルグランのジャズが流れる場面、例えば「仕事」を終えた車中の男二人の表情が次第に変わってゆく場面などはすごく合ってると思ったけど、「テリーのテーマ」については、一度見ただけじゃ、なぜそこで流れるのかいまいちぴんとこず。
それにしても、墓泥棒を実行する場面のやたら長いこと。二人二様(というのか)で取り組む役者二人の演技も確かに見ものだけど、もしかしたら、観客が「棺の中に居るチャップリン」を意識して楽しめるようにかなとも思った(笑)もうただの遺体だろうと、あの中でえらいことになってるチャップリン、想像しちゃわない?


この映画で一番重要なのは勿論、移民で刑務所から出たばかりの男が「チャップリンは俺達の友達で金持ちだから、お金を借りよう」と思いつくところ。彼がこのことを思いつくシーンには作中最も激しい音楽が付き、友を説得する場面は作中最も無声映画ふうに撮られている。
そしてピーター・コヨーテキアラ・マストロヤンニの顔の素晴らしいこと。キアラの登場シーンのあまりの70年代の匂いには、ブラウン管の小さなテレビを見ている気分になった←私にとっての70年代の映画(笑)