自由の暴力


ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選にて観賞。

ファスビンダー自身が演じる生首芸人フォックスこと「フランツ・ビーバーコップ」が全身で登場した時なぜか股間に目が行き…「ちんこを持つ存在」にしか見えなかったから…ちんこのことしか考えられなくなるが(テント裏のロープをさする仕草もしごいているようにしか見えない)、マックス(カールハインツ・ベーム)の「(彼のちんこの大きさは)十分だ」にフランツが掛けるエルビスのOne Nightが流れその股間がどアップになるのをピークにオイゲン(ペーター・カテル)の父の工場の危機の場面より世界はちんこから離れていく。終盤フォックスはちんこ的世界に戻ろうとするが叶わず、最後にその股間が再びアップになるのは身ぐるみ剥がされる時だ。

フランツを見たオイゲンの第一声は「臭そうなやつ」。上下の構図と臭いへの言及で階級間の埋められない格差を描くというのは『パラサイト』(2019)などにもあったけれど、フランツがロトで当てた金で買った家の名義をオイゲンに変更した後、搾り取れるだけ搾り取ったとばかりにオペラへ最早自分を連れて行きもしない彼とマックスを下から見上げる図の残酷さはどうだ。洋服店での「店に行くのはオイゲンが嫌がるんだ」「禁止されてるの?」「いや自分の意思だ」との会話が蘇る。強制されてはいない、全て自由な意思でしたことなのだと。

金持ちは一致団結して労働者を犠牲に仲間を救おうとする。冒頭オイゲンがフランツを支配しにかかるレストランのシーンで計画は既に共有され、マックスは紙の船が浮かぶ水面にそっと息を吹き掛けるように事態をコントロールし、オイゲンの恋人フィリップは黙って時を待つ。やがてオイゲンの両親も加わる。しかし労働者の側はそうはいかない。周囲はフランツの危機に気付いていながら、姉(クリスティアーネ・マイバッハ)がそれを指摘するのはいつものように酔って騒いでだから全く効かないし、花屋はぶさいくと迫ってフランツに殴られる。直接的な暴力をふるったフランツは昏倒してしまう。

「いい不動産屋を知ってる?」「知ってるよ、今から家を見に行こう……どうした?」「……いや、愛してる」。フランツとオイゲンの間の欺瞞の壁は強固なものではなく、何が起こっているかフランツも薄々分かっているしオイゲンは金の話となると目をそらす。オイゲンは下卑た言動を咎める時だけまっすぐフランツを見る。その時だけ二人の間に嘘がないとも言える。それが最後にはうつむいたまま腕を掴んでワインを取り上げるから、フランツの方もオイゲンの両親の家を飛び出し元の「フォックス」に戻ろうと、ソーセージを咥えて二人組に声を掛けるのだ。

あるいはこれは、ファスビンダーの基本である「愛した方が負け」というのではなく金のために体を売る側は決して勝てないという話にも思われる、冒頭のトイレの場面からして既に。フランツの金で出掛けたマラケシュにて、エル・ヘディ・ベン・サレム演じる現地の男を「釣る」時、揃いの白いスーツ姿のオイゲンとフランツは、後者がフランス語を解さないという不利はあっても並んだ存在に見えた。ホリデーインで「アラブ人は入れない」と断られる一幕は現地の従業員の「うちのサービスをどうぞ」に終わるが、これには労働者が労働者を救えないのに通じるものを感じた。フランツの言う「どこも同じ」とは要するにそういうことなのだ。