ギマランイス歴史地区


第13回東京フィルメックスにて観賞。映画祭は苦手だけど、日劇の大きなスクリーンでカウリスマキらの映画が観られるというので出向く。チケット発売時刻を少し過ぎた頃に「前方」指定で確保したら、最前列だったのでびっくり。映画祭ってそんなものなのかな。
上映前にプロデューサーによる挨拶あり。本作は「ポルトガル発祥の地」と言われるギマランイス歴史地区の文化イベントの一環として製作されたもので、これを皮切りに「40本」の映画を撮る予定なんだそう。


バーテンダーアキ・カウリスマキ


オムニバスの幕開けは、ポルトガルに二十数年住んでるカウリスマキ。いつものように、働き愛する男の物語。尺が短いので、「犬」や「女」は彼の行動によって描かれる。赤い扉、無造作「ふう」に塗られた青い壁、そしてテーブルの上の花や、花をくるむ紙の黄色は多分、誰かと繋がりたいって気持ち。
オープニング、店に出勤した男が明かりを付けると、酒樽や棚の中身が順に「登場」する。それから犬の声、刻んだ菜っ葉に塩一つかみ入れて煮込む鍋、白いテーブル掛け、酒を注ぐ湯呑みのような器。
ル・アーヴルの靴みがき」は「いまどき革靴を履くのは神父ぐらいなもの」という映画だったけど、この男(演じるのはイルッカ・コイヴラ=「ル・アーヴル」の冒頭、靴を磨いてもらった直後に死ぬ男)ももちろん革靴を履いており、仕事の後には靴を磨き、床屋で髪を整える。床屋に居る「流し」と椅子に座ってる男、カメラが二人を同時に捉えると、そんな位置関係だったのか!ってのは、「Police Squad!」の銃撃戦に代表される、ギャグの基本だな(笑)


アキの映画はフィンランドで撮ろうとフランスで撮ろうと「アキの世界」にしか見えないけど、本作では珍しく「へえ、ギマランイスってこういうところなのか」と思えた(笑)
でもって続けて4作観ると、どれもちゃんと(いかにも各人らしい!)「ギマランイス」の紹介になってるのだった。「犬の声」がカウリスマキからペドロ・コスタへ、「震え」がコスタからエリセへ、たまたま繋がってるのも面白い。


▼命の嘆き(ペドロ・コスタ


監督4人のうち、彼の作品のみ未見。爺さんとハナ肇銅像みたいのが延々と喋ってる映像に、わけが分からず気が遠くなってしまった。フィルメックス公式サイトの文章を引用すると「主人公は『コロッサル・ユース』などのコスタ作品に登場するキャラクター、ヴェントゥーラ。青年将校たちによるクーデターに加わったヴェントゥーラは森の中で道に迷う。やがて精神病院に収容されたヴェントゥーラは、病院のエレベーターの中で過去の"亡霊"と対話する」…という話だそう。ギマランイスに関する知識を少し仕入れてから観ればよかった、勿体無いことした。


▼割れたガラス(ヴィクトル・エリセ


冒頭に出る文字「映画のためのテスト」…これは、いまだに映画になっていない映画。
同時に絵の描かれたタイル、あるいはタイルに描かれた絵が大きく映し出される。次いで「割れたガラスの工場」という呼称の所以のカット、ほのかな朝陽に照らされた工場の外観、そしてやはり光の差す食堂へ。壁にかかった写真がよくよく映し出される。冒頭のタイル同様、「画」が映画に取り込まれると、奇妙な奥行とでもいうようなものを感じる。
本作は構成が面白い。まずはかつてその工場で働いていた人々、すなわち「素人」たちが、写真をバックに自らについて語る。次に「役者」のカメラテスト、「素人」の時には顔のアップばかりだったのが、全身で表現する彼の番になると、膝から上が映される。最後に「アコーディオン奏者」が、簡単に喋った後に後ろを向いて…すなわち「写真」に向かって演奏を始める。写真は更にしっかり映し出され、先程とは違って見える。この場面にはじんとした。


▼征服者、征服さる(マノエル・ド・オリヴェイラ


ゆったり構えたカメラの中にまずバスが、それからわらわらと人が入ってくる。ああ、こういう感じの映画があったなあ、そっかオリヴェイラの映画か、と思う(笑)この「わらわら」感が重要なのだ。
舞台はギマランイス城、使われるのは英語、長さは10分そこそこ。静かな「遺産」、写真を取り捲る大勢の観光客、一人の人物(ガイド、あるいは歴史上の人物の「像」)の繰り返しが小気味いい。半ばでタイトルの意味が分かるとにやにやしてしまう。馬で登場する人たちは、名古屋のおもてなし武将隊みたいなものかな?(笑)