バトルシップ/ジョン・カーター


テイラー・キッチュ主演作二本、前者はユニバーサル映画100周年、後者はウォルト・ディズニー生誕110周年のそれぞれ記念作品。



バトルシップ」は予告編もつまらなければ、本編始まって数十分?の主人公紹介のくだりも死ぬほどつまらないのでどうなることかと思いきや(なぜ観に行ったんだって感じだけど・笑)、アレが落ちてきてからは面白かった。ちょっとダレると巻き返してくる。
何といっても設定がいい。バリア内に取り残された駆逐艦!敵については、「生命体」よりもマシンのほうが「人」っぽいのが可笑しい。ホース巻いたようなやつが、最後っ屁みたいに攻撃して去ってくとか。
でも駆逐艦好きの私にとって一番の見どころは、データ読みながら攻撃していくくだり。この映画では浮いてたかもしれないけど、海戦ものには、艦内がしんとなる、息詰まる場面が欲しいもの。


冒頭の「泥棒」場面のBGMに、ユニバーサル100周年記念だから自社の映画ネタを散りばめてるのか、と思ったんだけど、後で確認してみたら、その後に出てくるネタも含めてほとんど他社のものなのでびっくりした。何でも盛り込んで汚くなってるけど、嫌な気はしない。
立ち上がった胸にでっかく「NAVY」とか、1トンのアレを運ぶ男たちとか、ああいうギャグ…じゃないけど、ああいうセンスがいいなと思った。「男らしさ」をクールに見てる感じというか。



ジョン・カーター」はSF小説火星のプリンセス」が原作…なんて知らなかったので、SFが苦手な私は冒頭からゴリゴリの展開にぽかんとしてたけど、次第に楽しくなってきた。中盤の洞窟での場面、「これは神の意思じゃないわ、機械(machine)よ」という王女のセリフと、「火星」とは全く違う色彩のジョンの記憶の挿入に、SFの面白さってこういうことなのかな、と突然思った。でもそれ以上のことは私には掴めなかった。


オープニングのシンデレラ城は赤茶けている。砂漠と赤い王女に対し、テイラー・キッチュ演じるジョンの、地球では衣服でしっかり包んでた体がナマ白く見える。腋毛やすね毛も目立ってた。それが最後には、馴染んできたような気がした。
一方の王女は真っ青な目が印象的、前出の「神の〜」や「運命じゃないわ、お父様が決めたのよ」などというセリフにその性分が表れている。そんな彼女が、ジョンに対してはどうも不合理なことを言うのがいい。とある場面でのいわゆるウンコ座りには、先日再見した「タイタニック」の一場面を思い出した。ジャックが「僕らの階級の女性は(横座りじゃなく)両足でまたいで馬に乗るんだよ」と言うと、上流階級のローズは驚く。自分の身体を自分で使う女は、合理的に、バランスよくするものなのだ。
地球で「俺は逃げるのが得意」と口にしていたジョンは、火星に行っても逃げ回るはめになる。そんな彼が「逃げて」きた王女と出会い、二人はひとまず、逃げなくなる。そういう物語だと思った。


王女の危機を目にしたジョンは「人間の女だ!」と飛び出していく。やはり自分と「同じ」だ(と思う)から心を動かされるのか、と少々違和感を覚えていたら(性的な関心なのかもしれないけど)、中盤、「親子という概念は無い」サーク族においても、「同じ」ものを持つ者同士の「つながり」が描かれる。ああいう世界ではそれが基本なのかなと思わせられた。
ジョンの「跳躍」については、王女を初めて「助ける」時と、彼女のもとへ跳ぶがあやうく失敗…と思いきや、の時など心の中で快哉を叫んでしまった。王女の方も慣れてきて、最後の総当たりのくだりでは着地の後に下ろしてもらっての「にやり」がいい(笑)


ウィレム・デフォートーマス・ヘイデン・チャーチって、少々かぶるよなあと昔から思ってるので(どちらも好き)、ああいう役柄で共演というのは面白かった。元の顔がもう少し分かるようなら、見ていてもっと楽しかったんだけど。