非常に残念なオトコ


舞台は現代のバークレー。ステファニ―・シューとロニー・チェン主演のロマコメ(Crazy Rich Asians(2018)のパロディ)に「あれがおれたち!」と盛り上がる「イーストベイ・アジアン・アメリカ映画祭」。主催者の一人であるミコ(アリー・マキ)は帰宅後、映画を腐した恋人ベン(ジャスティン・H・ミン)に不満を表す。Crazy Rich Asiansについて後に出た批判を思えば確かに当人の言う通り「本当のことを言っただけ」だが、どんな時でもそれはよきことなのか。これは彼女の「道を開いたロマコメに感謝してよね」、just the beginningを彼が理解し実践に至るまでの道のりの物語である。
(ちなみに原作であるエイドリアン・トミネのShortcomingsも映画祭の場面に始まるそうだけど、連載開始の2004年において主人公は何をどう皮肉っていたんだろう?)

翌朝「全くBTSのコンサートかと思ったよ」とのベンの皮肉に軽妙かつ思いやりのある答えを返すのが同じアジア系でレズビアンのアリス(シェリー・コーラ)。思えばこの場面で彼女が女性店員の気を引くために嗜好に合わない「豆腐クレープ」を頼んでいるのに両者の違いが表れている。挑戦するか、しないか。
アリスはかつての映画の「白人女性主人公の親友がゲイ」というお約束の裏返しのようでさすがにこの時代そう単純ではなく、ベンの人生に必要な友である。彼女を苦しめている家族の問題が作中安易に解決されないのがよい。婚約者を演じるのに「韓国系の方の祖父が来るから日本の名字は名乗らないで」と頼まれたベンは「おれの同胞は日系2世で戦時中は…」とここでも「本当のこと」を言い返す。

ベンは日系アメリカ人同士でつきあっていながら(そもそもこの二人がなぜつきあっているのかぴんとこないのは「日本に暮らす日本人」の私が呑気すぎるんだろう)「白人女性」が大好きで、ミコがニューヨークに出掛けた間アプローチをかけまくる。しかし属性で見ていることを拒否されうまくいかない。人種問題に興味がないと言う自分こそが一番囚われていることを認めようとしない。「どん底は高校時代」とのセリフからその言動の根がマイノリティであることを強く意識させられた経験にあると分かるが、自身を守るために他者を攻撃していることに気付いていない。
ポルノサイトで白人女性ばかりを見ていること、「一緒にいても白人女性にみとれている」ことにつき「私に対して失礼じゃない?」と怒るミコに彼はまたしても「マーゴット・ロビーをぶさいくとは思えない、本当のことを言って何が悪い」と開き直る。ここでのミコの言動は若干古いように感じたけれど、20年前の原作の通りなのか脚本を書いたエイドリアン・トミネが改変したのかどちらだろう。

ミコはミコで別の男性(「彼は白人じゃない、両親はユダヤ人と先住民族」)と付き合っていることにつきアジア女食いだと大騒ぎしたベンは、他人ばかり批判して自分を省みないことを女達に指摘されようやく心を入れ替える。アリスやミコが自分といない場に幸せを見出していることを祝福し、バークレーに戻る。
冒頭はロマコメにもまだまだ可能性があるなと見ていたけれど、ロマンティックでもコメディでもなかった。ジミー・O・ヤンがスタンダップでセックスの際「アジア人の割には~」と言われることをネタにするのは笑いになっても、逆の吐露は(自分をさらけ出すスタンダップと役者が演じる映画という違いがあろうと)笑えないというのが私としては正直なところだ(それがダメというわけではなく、この映画はコメディというよりドラマだという意味)。