ぼくは君たちを憎まないことにした


パリ同時多発テロ事件で妻を殺されたアントワーヌ(ピエール・ドゥラドンシャン)が「ぼくは君たちを憎まないことにした」(Vous n'aurez pas ma haine…君たちはぼくの憎しみを得られない)と世界に宣言する前の、後のリアルが丁寧に描かれていた。通行止めを車から下りて走って到着した病院で被害者を目の当たりにしてショックを受ける。身内はいても基本的には一人きりで自分のケアどころか世話せねばならない幼子がいる。助けになりたいと押し付けられた手製のスープを捨てる(と字面だけだと暗いようだけど明るいシーン)。妻のお墓の場所や棺桶の種類を選ぶ気に全くなれない。そして息子がするのと同じようなことをする、エレベーターの止まる音に反応したり彼女の衣服に顔をつっこんで匂いを嗅いだり。こうした描写の積み重ねがこの映画の命である。

テレビ番組で質問されたアントワーヌはテロリストへの手紙をFacebookで公開した理由を「(憎むことを)自分に禁じるため」と答えていた。SNSを使えば自身で自身を位置づける、縛ることが出来る。それが更に見知らぬ誰かの「代弁してくれてありがとう」とも身内の「あんたは達観なんかして」とも繋がる(見知らぬ誰かの「達観なんかして」も引き起こしたのではないかと想像する)。自身の文章をおそらく番組で使うための依頼を受けて読み上げるも特にタイトルの部分でつっかえてしまう場面(「プロンプターが速すぎるのかも」と言われる)には、自分で生み出したのであれ一旦外に出れば異物であり、たやすく飲み込めないこともあるだろうと考えた。あるいは書くことと話すことの違い。

ラストシーンに至り、少し前に見た『理想郷』然り、いずれもどのくらい実際から脚色されているのか分からないけれど、日常の継続を意思でもってやり抜くことの凄さに圧倒された。自分なら無理じゃないかと思う。