子供の情景


イスラーム映画祭2022にて観賞。2007年イラン=フランス、ハナ・マフマルバフ監督作品。原題は「ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた」。過去に岩波ホールで上映されたそうだけど未見で内容を知らなかったところ、「学校に行きたいがノートもペンもなく…」というあらすじから想像し得ない怖い映画だった。

女の子バクタイが「私だって字が読める」と隣に住む男の子アッバスの本を読んでみせるが上下逆さまというのに、子どもじゃないけど落語の「浮世床」を思い出していたら、彼女は川向こうの学校を目指す途中で少年達の「タリバンごっこ」に巻き込まれるのだった。これも落語の「佐々木政談」で語られる子どもは大人の真似をするというやつ、すなわち「よくあること」だけども、ここでは彼女は被害者となるんだから怖い。「よくあること」にも種類とレベルがある。

「円から出るな、命令だぞ」と捕らえたバクタイの周りに円を描いた少年は、彼女がそこから出るとまた円を描く、再度出るとまた円を描く、三つ並んだところで…とは一見笑える場面だけれど、命令は暴力とセットでないと機能しないということをまだ知らないだけなのだ、本物の武器をまだ持っていないだけなのだと思うと震えが起こる。

バクタイが知恵を身に着け駆使して何とか手に入れたノートの行く末が恐ろしい。文具屋で一緒になった女の子は母親に買ってもらいリュックに念入りにしまってもらっていたが、保護する者のない弱者のそれは破られたり踏まれたりまた破られたりの無惨、蹂躙という言葉しか思い浮かばない。バクタイ自身が「かわいい」と言う(しかない)舟を折る老人だって彼女に付け込んでいることに変わりない。

冒頭「私が割れ目に落ちても知らないよ」と母親を呼びながら崖の上を歩くバクタイ目線の映像や、彼女からしたら図体の大きな動物達の登場も怖い。世界はこんなにも危険に満ちているのに、バクタイがぶつかって卵を落として割ってしまう相手は彼女を気にも留めないし、交通係の警官は通行人もいないのに時間通りに信号を変えることしかしないし、学校の先生達は子ども達との間に見えない壁があるようで、バクタイが「じゃま」か否かしか頭にない。こうした大人達の冷酷さはおとぎ話のようでもあるが、ここでは帰る現実がない。

子どもが出演している作品はおよそどうやって撮ったのか気になるけれど、この映画なんてその最たるものだ。タリバンごっこの全てもそうだけど、圧巻はバクタイが潜り込んだ教室での「席がない」一幕。とりわけここは私の席だからと黒い鞄で彼女を押し潰してくる少女に涙目で立ち向かう場面のリアルな衝撃は他の子ども映画でもなかなか見られないものであった。撮影後にあの顔がどうなったのか知りたい。