くるみ割り人形と秘密の王国



子どもの頃、E.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」の児童書を幾度となく読んでいたので、一番最初のこれを原作としていると聞きどんなだろうと思っていたら、ガラスの戸棚が出てこずがっかりした。あれがよくて好きだったのに。後で気付いたことに本作の主人公は原作のマリーの娘らしいのでそんなことは問わないのかもしれないけれど(その前にマリーが早逝したことになり悲しい)、それにしても「人形の世界に行った」感が皆無だったのが残念。まずは序盤でもっと人形を映してほしかった。


くるみ割り人形とねずみの王様」では、兵隊(=暴力)好きなお兄ちゃんが人形を不細工、不細工と苛めてくるみをがんがん割らせて壊してしまいマリーが手当てをするのが話の発端である(今回の映画化ではこのような男女観は排除され、アファーマティブ・アクションとも言える設定に変更されている)。幼少時の私はこのくだりに気味悪さを感じていたのと同時にくるみ割り人形が怪我をするのに性的に感じ入っていたので、後者の類の描写が無いのが残念だった。これも古いと言われればそうだけれども。


とはいえこの映画、マッケンジー・フォイ演じるクララが鏡の前で「ママは私の話をしてた?」と聞く時のあの表情、あの切なく煌めく一場面だけで料金の元は取れた。ハルストレムの映画には、「僕のワンダフル・ライフ」なら少年と犬が空を飛ぶシーンがそうだったように、この手のいわゆる大作でも必ず一つは胸打たれる箇所がある。最後のダンスには、大好きなキャサリン・ハードウィックの「トワイライト」一作目のラストシーンを思い出していた。そういえばこのシリーズには後にマッケンジー・フォイが出ていたものだ。