トレヴィの泉で二度目の恋を



ポスターによれば「シャーリー・マクレーン映画デビュー60周年記念作品」。
甘い生活」に憧れトレヴィの泉に行くのが夢だと語る独り暮らしのエルサ(シャーリー・マクレーン)と、妻を亡くし娘に無理やり引っ越しさせられたフレッド(クリストファー・プラマー)が隣同士となり、デートを重ねる。


オープニング、「Shirley MacLaine & Christopher Plummer」というあまり無い形のクレジットに次いで「Elsa & Fred」とタイトルが出るのが素敵。その通り、これはまさに二人が「二人」を演じる映画。それからベッドのエルサと彼女の見る「甘い生活」が切れ切れに映る。私はこの映画には思い入れが無いけど、中盤のある日に彼女がやはりベッドで見る場面では、彼女に心が沿っているから、少し感傷的になってしまった。
エンディングに流れるDr.Johnの曲は書き下ろしだそうで、「病院の検査結果を前に/なすすべもない二人」なんてぴったりすぎる歌詞(笑)に泣けてしまった。


二人が出会う冒頭から、70年代の、それも今じゃビデオテープでしか見られない類の映画の匂いがした。「一夜を共にした」後のカットなんて久々の感覚(笑・プラマーがギターを弾くところが見られる!)演出や演技だけじゃなく、10年前のスペイン映画のリメイクだというストーリーそのものが、今はお目にかからないタイプのものだからというのもある。
でも嫌いじゃない。冒頭は「安っぽさ」が鼻についたけど、その「安っぽさ」を支えにして生きたって楽しければいいじゃないか、という話だもの。病院で夫婦に間違えられて笑ってしまうというような、何でもない場面の二人がとてもいい。


初めて顔を合わせる朝、エルサを演じるマクレーンはピンクのジャケットに更に薄いピンクのストールで登場。常にふんわりした衣装を身に付け、爪が美しく手入れされている。優美な指の動きが目に楽しい。
私が将来マクレーンのようなチャーミングな老女になれるかはさておき!後ろ前に被ったキャップから「正装」時にすだれ状に撫で着けた髪まで魅力的なプラマーを見ながら、将来はこういう、ってあんな美男子じゃなくても、老人(老男って言葉が無いのは困るね、「人」は「男」じゃないのに・笑)とデートしたり寝たりするようになるんだなと改めて思った。勿論悪くない意味で。


昨年の「ウィークエンドはパリで」と同じ「食い逃げ」シーンがあるのが面白い(そこそこ年を取った人達が今すべきなのはこれだ!と言われているよう・笑)。しかしこちらの二人は更に世代が上なので、走れずエルサの運転する車で逃げる。作中の移動は全て彼女の車かタクシー、最後の旅行先でも馬車に乗る。何せ最初の「触れ合い」は、水道管の栓を閉めるのにしゃがんだら立ち上がれなくての「手伝って」だもの。
エルサと長男のやりとり(鏡を見ながらの「三度も結婚してるあなたに言われたくないわね」)、フレッドと娘(マーシャ・ゲイ・ハーデン)についての孫とのやりとり(「彼女は今、父親(自分)にリベンジしてるのさ」)などに、彼らのこれまでの年月がさらりと描かれているのがいい。


フレッドはエルサが透析治療を受けていると知り、「私が馬鹿だった」とローマ旅行を手配しに走る。バラと航空券を差し出され、作中唯一涙を流すマクレーンの絵になること(マクレーンに「一輪のバラ」というのも懐かしい/亡き妻には「バラ」は贈らなかったのに!)。フレッドは「秘密」を知ったことは口にしない、これも楽しい人生のための「嘘」だ。
フレッドにミルクを買いに行かせ、ローマの路地を下りてゆくと、水音が聞こえ、トレヴィの泉が現れる。なぜこれまで来なかったのか、こんなに簡単なことなのに…と思い初めて「一人じゃ出来ないことがある」と気付いた。そういう話なのだ。内に「何か」があろうと、誰かによって目覚めさせられなければオモテに出ないこともある。二人の場合はたまたま「互いへの恋」が契機だったのだ。


舞台はニューオーリンズ、戸口から外に向けたカットにわざとらしい程はっきりと観光バスが映り込んでいる場面がある。マクレーンが歩きながらつまむのはカフェデュモンドのベニエ(「高血糖症」のプラマーにも無理やり一口、そういう類の映画・笑)。あれほんとに甘いよね!