灼熱の魂




「叔父は言葉と書物が平和を築くと信じてたわ、私もそう
 でも現実に打ちのめされた
 今はもう、相手にも同じように思い知らせたいだけ」


2010年ケベック作品、原題は「火事」。原作はレバノン出身の作者の戯曲だそう。娘と息子が、遺言により、初めて存在を知らされた父と兄を探しに母の祖国へと旅をする物語。


冒頭、レディオヘッドの曲をバックに、子どもたちが丸刈りにされている。一人の男の子の足元に落ちる髪、踵のしるし、やがて彼は頭をつかまれながら鋭い瞳でこちらを見る。
一気に惹きこまれていると場面が替わり、若い「双子」が登場。公証人から母の遺言を聞かされ、固く腕を組んだままの娘と、「お袋が死んでやっと平和になったのに」と声を荒げる息子。彼らは物語の最後には、体を開き目を輝かせ、全てを受け入れる。


とても面白かった。「生まれ」ゆえに過酷に生きた一人の女性、またその人生を受け入れる子どもたちの物語だけど、壮大なミステリーでもある。
母と娘のパートが時代順に交互に描かれるが、私が目にした母の姿を娘は知らないわけで、こちらとしてはそのズレがスリルと妙味になっている。炎上するバスの傍らで呆然としている母の横顔の後に、音楽を聴きながらバスに揺られる娘が映る場面など印象的。また母役と娘役の容貌が似ていることや、私が中東の社会情勢に疎い(町の様子から時代が判断できない)ことから、しばらくどちらなのか分からないことがあるのも面白く感じた。


観ながら「言葉」について色々考えさせられた。例えば娘が母の故郷を訪ねるが、こちらは「フランス語か英語」、村の女たちは現地の言葉しか話せず、一人だけ「現代的」な若い女性の通訳に頼ることになる。母の故郷でこういう状況になるって、どういう気持ちだろう?その後(母の事情を知っている)こちらが想像した通り、娘は怒声を浴びせられその場を追われる。
難民である恋人を身内の男に殺され、自らも銃を向けられた母(って、まだ誰の「母」でもないが)を祖母はかばい、食事を取らせ(ちなみに後半にも「食事を取らなきゃ」と言う別の祖母が出てくる)、「大学で読み書きと知識を身に付けて、こんな暮らしから抜け出すのよ」と村から逃がす。冒頭の母のセリフにもあるように、彼女や周囲の幾人かは「読み書きと知識」の力を信じているが、現実には繰り返され肥大する「報復」の手段にしかならない。しかし母は死を前に、自分に出来うる限り、この世から「報復」の跡を愛でもって消そうとするのだった。


母が遺言を託したのは、彼女と「家族同然」の付き合いをしていた公証人。「死はそれで終わりじゃない、必ず何らかの痕跡を残す」「僕の祖父も父も公証人だったが、僕の家は僕の代で終わり」と言う彼が、二人の「旅」を見届けるというのも面白い。オフィスに飾られているのは妻の写真だろうか?演じている役者さんの佇まいもよかった。