マルタのやさしい刺繍


シネスイッチ銀座にて観賞。
昔一世を風靡した「超一流主義」ミナコ・サイトウの言葉を思い出した。いわく「どんな高価な品物より、手作りのポーチのほうが贅沢なのです」。私も子どもの頃は祖母や母の手製の服や鞄を身につけていたけど、自分自身は何も作れないまま今を迎えてしまった。
この映画は「手作りの素晴らしさ」を訴えはしないけど、全編がいわゆる「エコロジー」…「自然な暮らし」であふれている。



スイスの小さな村に暮らす80歳のマルタは、夫に先立たれてから意気消沈。しかし友人の励ましもあり、昔の夢だったハンドメイドのランジェリーショップの開店に漕ぎつける。しかし牧師である息子を始め村の人々は、破廉恥だと眉をひそめる。


何より印象的だったのは、上品な光の美しさ。山間の村の全景や街角を捉えた映像だけでなく、人々が自然光で生活している様子にほっとさせられる。冒頭のマルタをはじめ、皆は夜以外に灯りを使わず、薄明るく差し込む陽の光の中で食事をする。
雑貨屋を片付けた後に作られる、マルタのランジェリー・ショップも照明は最小限。壁にしつらえた棚に一枚ずつ置かれた下着が、レースをあしらった窓から差し込む光を受けている。上品とはこういうことかと思う。ただし手描きの看板は、ピンクを遣い精一杯色っぽくしているのが可笑しい(笑)
その他、画面に虫が飛んでいることが多いのも面白い。花やチーズなどに群がっている。そうそう、普通にしてたら田舎にはこんなふうに虫がいるもんだよなあと思う。


そうしたナチュラルさと同様、ストーリーも地味なものだ。「生き甲斐を見付けることの素晴らしさ」や「すてきなランジェリー」が大きく謳われるわけでなく、保守的な村の人間関係が丁寧に描かれる。
出る杭を疎ましく思う人たちは、一様に「あとで後悔するぞ」が決めぜりふだ。意味がよく分からないし、大体マルタは80なのに。


マルタを囲む3人の女友達もそれぞれ味わいぶかい。
ショップの開店を後押しするのは、ちょっと岸恵子ふうの(でもパリでなく)「アメリカ帰り」のリジー。薄青い瞳が美しい。娘の焼くマフィンがとても美味しそうだった。
その他の二人は、始めは「ランジェリー」なんてものに否定的。でも日々の生活の中で自らが変化し、友達を応援しようと気持ちが動く。
お上品なフリーダは、馬鹿にしていた老人ホームでの暮らしの中でちょっとしたラブストーリーを芽生えさせる。お相手はかんじのいい紳士で、死ぬ前にあんな出会いがあればいいなあと思った。
当初面と向かってマルタを非難するハニエは、車の運転を習い始める。かつてそれを止めた夫も、今は笑顔で見守る。彼女がタバコを吸うシーンに、映画にはやっぱりタバコが必要(なときも多い!)だろう、と思わせられた。
4人がランジェリーを前にあれこれするシーンを見て、身体そのものは(私の場合)男性と喜びを分かち合うためのものでも、下着というのは女…でなくとも同じようなものを身に付ける者同士でこそ楽しさを味わえるものかもしれないなあ、と思った。