優しき罪人

「未体験ゾーンの映画たち」のオンライン上映にて観賞。2017年韓国、チャ・ソンドク脚本監督。交通事故で両親を亡くした少女が、加害者の男性(ユ・ジェミョン)、その妻(キム・ホジョン)と交流する物語。優しさと優しさがぶつかって生まれ得るひずみとそれを飲み込んでの出発が描かれる。

「もしも、もしもだよ、お父さんとお母さんのどっちかが生き返るとしたらどっちがいい?」。14歳と10歳の姉弟が子どもだけになって5年、映画の目線は限りなく優しいが二人が行き詰まっていることが冒頭より示される。友達もおらず日銭を稼ぎ家事をするだけの姉ヨンジュ(キム・ヒャンギ)と「小さな部屋」を自分一人の巣として外に出ればつまらない悪事しかしない弟ヨンイン(タン・ジュンサン)の「炊事洗濯はもちろん大学まで行かせてあげるんだから」「おれには大学なんて無理だ」との会話にもそれが表れている。

ヨンジュが「私達の家」と言い張る住居の周辺では再開発の話が進み、近所は荒地になっている。この映画では再開発は時代性や社会性というより止まっている二人の時間と流れている周囲の時間との対比を見せるものである。ヨンインの示談金絡みで接する大人や町ですれ違う大人のあまりの冷たさ、無関心さも個に帰している印象を受ける。そういう点で昨今の韓国映画の中でも珍しいスタイルの作品に思われる。

素性を隠し夫婦の豆腐屋で働き、食事を共にし年相応の愛を注がれ自身を信じ認められることで、いつしかずっとその人達と居たく思う。それまで「保護者」として生きてきたヨンジュが初めて違う顔を見せ、姉弟はおそらく初めてぶつかり合う。「私達が幸せであればいい」「死んだ親より今、大切にしてくれる人がいい」とのヨンジュの叫びは強烈で、「これまで見たことがない」と「そりゃあそうだろう」の両立という稀有な映画の瞬間に立ち会える。

劇場での上映時にもそうだったのか、ラストシーンの後に出るタイトル「영주(ヨンジュ)」に日本語字幕が付かないのは勿体ないと思った。原題を知らずに見てあそこで衝撃を受けたので。