GRU高官オレグ・ペンコフスキー/アレックス(メラーブ・ニニッゼ)がアメリカ人観光客に託した機密情報がモスクワ米大使館に届けられたところで「The Courier」とタイトル。その場限りの相手(運び屋)を探し続けねばならなかった憔悴の後に「good amateur」のパートナーを得た喜びが、グレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)と初対面時の「長い間この時を夢見てきた」との言葉や後に飛行機まで送った際に堪えきれず漏れる笑顔に表れている。ウィンがお役御免を言い渡されてもアレックスはなお彼を求め、ウィンもそれに応える。
冒頭、英国人セールスマンのウィンがクラブで客を見送っての溜息(とチラと見る腕時計、帰宅時分の雨)。スパイとなってからも英国に来た「アレックス」とCIAの「ヘレン」(レイチェル・ブロズナハン)をぶじ引き合わせた後に出る、溜息とは仕事が終わったしるしである。しかし一人一路のモスクワでは「スパイのルール」に従い全ての人間を疑いホテルの部屋でも気を抜けずピリオドがないため、帰りの便で溜息どころじゃない嘔吐をすることになる。一介の市民を演じるカンバーバッチの瞳の変化が素晴らしく魅せられる。
近年では「イップ・マン 完結(葉問4)」が印象的だった、男が家に帰るのに終わる映画というのがあるけれど、本作もそうである。面白いのは、冒頭は家の中において妻と夫の居場所がはっきり分かれていたのが、ウィンがスパイの仕事を始めると、疑念や恐怖でぶつかり合いながらも不思議と二人が融合していくように見えるところ。夫がスパイだと知ったシーラ(ジェシー・バックリー)の口からまず出るのが「謝らなければ」だったことからしても、アレックスの「君がしていることを知ったら誇りに思う」は当たっており、夫婦の根は同じだったというわけだ。そこからシーラの「仕事」が始まる…夫はスパイじゃないと主張すること、面会が叶えば謝罪の後、キューバから基地が撤去されたと伝えること。それは更にウィンからアレックスへと伝えられる。あのリレーこそがこの映画の夢、要、きらめきだろう。