世界一不幸せなボクの初恋


Amazonプライム・ビデオにて観賞。2019年制作、原題「Ode to Joy(歓喜の歌)」。主人公チャーリー(マーティン・フリーマン)はカタプレキシーで、感情が高ぶると脱力し倒れてしまう。とりわけ「幸せ」に弱いからと恋することを避けてきた彼の、避けられなかった恋の話。愛の告白へのフランチェスカモリーナ・バッカリン)の返事とエンドクレジット途中のワンカットのセンスのよさ、加えてちょっとした演劇要素も楽しい。

チャーリーのカタプレキシーを弟のクーパー(ジェイク・レイシー)は個性、医者は疾患と言う。他人には「病気じゃなきゃただの嫌なやつ」と思われてしまうところをクーパーは個性と断言しつつ、「死んでほしくない」という気持ちでいつも付き添っている(からこそそう言えるんである)。この映画、すごく心に沿ったたわけじゃないけれど病院で終わるのがいい。病院にも愛や日常がある。

多くの時間を割いて、何を面白がれるか、何を不謹慎…いや不真面目と言っておこうか…とするかが共通している者同士の邂逅の幸福ときらめきが描かれている。チャーリーが「つまらないだろう」と選んだものを、フランチェスカは「なぜこんなつまらないものを」と笑う。「オペラ座の怪人」の場面に顕著なように、クーパーは彼女を「笑わせる」ことはできてもチャーリーのように一緒に「笑い合う」ことはできない。それに例えば、付き合いの浅いうちに片方に身内の不幸があったら片方はどうするべきか?若いうちの方が恋がしやすいということがあるならば、理由はこの困難だろう。

フランチェスカと一緒だと失神しまくってしまうというので、チャーリーは弟に勧められたベサニー(「ブロンズ! 私の銅メダル人生」のメリッサ・ラウシュ)と付き合うことに「する」んだけども、この顛末はちょっといただけないなと思った。恋愛映画ではこのように、主人公が間違えて選択した相手を若干茶化したり自立したしっかりした人間として描いたりして(大抵は合わせ技でもって)エクスキューズとすることが多いけれど、さじ加減の問題とはいえこの映画ではこの部分に誠実さを感じられなかった。