ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション


(携帯から覚書)


超面白かった!終盤「目覚めて」からのジェニファー・ローレンスの顔の素晴らしさは筆舌に尽くし難い。ジョシュ・ハッチャーソンも彼女の相手役、頑張った!とってもよかった。
役職の地位や意思決定の場に置ける女性の数の多さには作り手の意思が感じられ(原作にもそうした描写があるのかな?)フェミニストとして公の場で発言しているローレンスの主演作にもふさわしいと思った。


冒頭からしばらく、どの場面もぶつ切れに感じられ、あれっ、編集の仕方が変わったのかな?と思う。単に時間の短縮のためかもしれないけど、カットニス(ローレンス)の、もう前を向いて走るしかないという気持ちに沿っているようにも見える。中盤の「自爆装置を起動させる」「キスと『そばにいて』で目覚めさせる」の畳み掛けには、疾走感さえ覚えしびれてしまった(笑)
中盤以降の鍵となるやりとり「それは本当?」「本当よ」もよかった。最後のそれこそ10分程は、原作ではどうなんだろう、「幸せ」というものをよくもまあ端的に表すものだと感心してしまった。


最終作にして鮮やかに浮かび上がった、あるいは私がようやく気付いたのは、これは「プロバガンダ」が「個人」に負け続ける物語だということ。シリーズ通じてお約束の、「素」のカットニスが「作り物」を超える場面に加え、今作では作中の「現実」と監視カメラの映像を素材にした「作り物」とを順に見せるくだりにより、いわばやり口も分かりやすく提示されている。
そう考えると、作中唯一の「顔を持つ」広告屋であるプルタークフィリップ・シーモア・ホフマンだったことにも大いに意味がある。彼は広告を上回るものがあると知っている、食えない奴なのだから。スノー大頭領を演じるドナルド・サザーランドが一番光っていたのも、そのことにつきやっぱりなと笑う瞬間だったのではないか。


カットニスが自ら、一人で、スノーを暗殺しなければと決意するのは、ピータ(ハッチャーソン)に「パンなんてあげなければよかった」と言われた後。ゲイル(リアム・ヘムズワース)の「敵の床掃除をする奴も敵、死んでも自業自得だ」という言葉を聞いた時にも決意を新たにしたに違いない。大切な誰かを変えた、あるいは自分との間の隔たりを生んだ原因を潰さなければというわけだ。
スノーは彼女について「思想家でも指導者でもない」と言う。ゲイルは人を殺すことについて「私情じゃない、戦争だ」 と言う。この物語では、全てを凌駕するのは「私情」で動く、単なる個人である。ふと少し前に見た「ヒトラー暗殺、13分の誤算」を思い出した。宣伝文句は「ヒトラーが最も怖れた男」…ただの一個人に独裁政治を倒す可能性があるという話だった。これはとても面白い、物語の要素だと思う。