ザ・イースト



面白かった、今んとこ、今年のベストワン。潜入ものとして楽しいだけじゃなく、映画の作り手の態度、自分自身の態度について考えちゃう映画。
今年に入って見た映画のうち最もお気に入りの「MUD」(感想)も本作も、早々に主人公が「あなたは昔の私に似ている」と言われる、しかもどちらもいい意味で「大した意味が無い」(それ自体が「クライマックス」の要素ではなく、そのセリフを口にする人物のキャラクター表現である)、というのが面白い。


「顧客の企業がテロリストに狙われる危険度を査定、防止する」民間会社の研修生ジェーン(ブリット・マーリング)は、環境汚染の原因となっている企業へのテロ活動を行う組織「ザ・イースト」への潜入を命じられる。


(以下「ネタバレ」あり)


見ながらふと、昨年の一番のお気に入り「東ベルリンから来た女」(感想)を思い出した。物語やアプローチは違えど、どちらの映画にも、政治的な行為の根っこには「肉体」がある(「当事者」になるか否かという問題じゃなく)、ということが描かれている。行為の内容はともあれ、そのこと自体には「共感」する。「他者」を感じる(「感じない」状態から脱する)ためには、それが必要なのだ。
もっとも映画全体でそのことを表現していた「東ベルリンから来た女」と違い、本作のやり方はもっと具体的で、提示されるのは、主にテロ組織による、「洗脳」のためとも言える行為の数々だ。ジェーンがそうした行為により変化していく様子が、馬鹿正直なほどまっすぐに描かれる。情緒的な音楽をバックに、ボトルゲームで抱き合う仲間達や、池で体を洗ってもらう彼女の表情がじっくりと捉えられる。ジェーンが作中唯一セックスするのが仲間の死に際した時というのも「ベタ」だけど、その実直な描写に、そういうものかも、と思う。
同じ「肉体」経験をしようと、皆が同じ意思に到るわけではない。「襲撃」の際の怪我により仲間が死んだ後「革命よりあいつが大事だった」と組織を抜ける者、「襲撃」の成功により病んだ「敵」への謝罪を望み自ら捕まる者もいる。また組織のリーダーであるベンジーアレクサンダー・スカルスガルド)は「政府と宗教」などを信じるから(企業の「悪事」に)知らん顔が出来るのだと言うが、ラストシーンで、もともとキリスト教徒だったジェーンは再び神に祈りを捧げてから自らのやり方で「悪事」に挑んでゆく。「テロリスト」にも色んな人間が居る。


冒頭ジェーンが職場で面接を受ける際、振り返った社長のシャロンパトリシア・クラークソン!)も彼女も共に長い髪を下ろしているのがなぜか心に残った。容姿は違うけれど、この時の二人は似ている。ボーイフレンドが「クリスマスには僕の実家へ」と言っていることから、現在のジェーンは親と関わりを持っていないと分かる。そのこともあり、シャロンと彼女は母と娘のようにも見える。実際シャロンはジェーンに向かって「昔の私のよう」と言い、「エゴを早く出し過ぎないよう」アドバイスする。「つい見てしまう」タイプでシャロンと実は似ておらず、「エゴを出す」タイミングも早過ぎたけど、ジェーンはそういう人間だった。母と娘は同じじゃない。「白人至上主義者とでも一緒にいれば…」の場面の二人のアップの奇妙なこと。
それにしても、007シリーズの「枕元の電話のベルが鳴ると、実は女の方がスパイだった」というあの有名な?オープニングは遠くになりにけりだな、と思う(物事は変わるという当たり前のことを思う)。新参者の主人公がコミュニティで入浴シーンを覗いてしまうというお決まりの場面(例:「ラストサムライ」「刑事ジョン・ブック」)が男女逆だったり、組織内のコンピュータ担当が女性だったり、そういうちょっとしたところも楽しかった。ジェーンとベンジーがセックスするのもよかった。「セックスは特別なことではない」ということを、これからの映画は描かなきゃ(「する」ことにより、却って「特別」だと捉える人もいるのかな?)


終盤、ボーイフレンドに別れを切り出された次の場面で、ジョギング中のジェーンは不意に慟哭する。私はこれがラストシーンなのかと思った。あそこで終われば、悪くないけどよくある映画だ。
テロに遭った製薬会社の副社長(ジュリア・オーモンド!)の声明をニュースで見ての第一声が「僕達この薬、飲んでないよね?」であるボーイフレンドや、夜には自宅のソファで息子とくつろぐ社長のシャロンは、オープニングに流れる「ザ・イースト」の宣言の中の「自分に関係なければ無視していられる」…「普通」の人々だ。人間がこの「普通」から外れて生きるのは大変だ。自分に引き寄せて言うなら、例えば私とパートナーだって、「普通」以上の政治的な言動を現しあったら、明日からもう、一緒にいられるか分からない。彼女の慟哭は、そのことを「知って」しまった、自分は後戻り出来ないと「気付いて」しまった人間の叫びに感じられた。
驚くべきことに、物語はまだ続き、彼女は一人で「生まれ変わる」。気付きだけじゃなくその先の新たな姿まで描くとは、なんて挑戦的な映画だろうと思った。


制作・脚本・主演をこなしたブリット・マーリング、「目」に見覚えがあると思ったら、「ランナウェイ/逃亡者」(感想)で物語のキーとなる、シャイア・ラブーフ演じる新聞記者とちょこっといい仲になる女性を演ってた女優さんかあ。あの彼女もよかった、映画自体も好き。