旅人は夢を奏でる



ミカ・カウリスマキ10年振りの日本公開作…を見るつもり、実は無かったんだけど、渋谷に出たついでに足を運んでしまった。作中、朝食を用意したレオ(ヴェサ・マッティ・ロイリ)が言うように「食べられる時に食べておいた方がいい」ものね(もっとも可愛らしいパンはおそらく、その場じゃ手をつけられずに終わるんだけども)


オープニングは、フィンランド航空の飛行機がヘルシンキ・ヴァンター空港に着陸する場面。そういえば、レオは元恋人とスカイプでの会話中に「仕事は何をしてるの?」「今は何も」「それじゃあ『下降中』ね」と言われるが、息子のティモ(サムリ・エデルマン)は父親に対し「何をしているか」聞かなかったものだ。父親というだけで十分だった、いや衝撃だったということか。


冒頭、帰宅したティモが、自宅前に寝ている見知らぬ男(レオ)の足を軽く蹴るカットに、監督の弟(アキ)と同じ出自、言うなればブレッソンの空気を感じたものだけど、考えたらあれはティモの35年ぶりの久々の、いや最初の接触、いや「一撃」だから、大事な画だ。
何もオモテに出すことの無かった彼が、次第にじたばたするようになる。魚を取るのに嫌々池に入っていたのが、スマホを投げ捨てられると躊躇せず飛び込む…のは「思わず」って感じだけど(笑)音楽、セックス、タバコを経て、妻の実家では凧を揚げるのに飛び回ったり、「恋敵」のプールからせっせと水を抜いたりとみっともないくらい動き回る。ソファで寝ている時、階段から降りてくる娘の姿に寝たふりをする場面にはどきっとした。


ティモにとってこの旅は「ミステリーツアー」。目的が分からないまま車に閉じ込められ、連れて行かれる(運転するのは自分だけど・笑)。強制的な行動により、気持ちの方が変わるってこともある。
レオが誰を訪ねるにも「プレゼント」を欠かさないのが面白い。一人「息子」には開けちゃったお酒、「娘」の家には釣った魚(州?のマークがお魚なんて可愛い!)、娘には出所の怪しいペンダント、息子の母にはお花。これらは彼が思う、彼らに必要なものなのかな、なんて勝手に考えた。でもってレオの母のところへ行くと、母親の方が息子と孫に「プレゼント」をくれるのが可笑しい。


原題「Tie pohjoiseen」の意味は「北へ続く道」。アキ・カウリスマキを愛する私としては、フィンランドでは「南へ向かう」のが生きることというイメージがあるから(「真夜中の虹」より)、作中のセリフにもあるように「北へ向かう」と聞くとどきっとしてしまう。もっともこれは「遡る」旅だし、季節は夏だ、寒くない、大丈夫。
この映画だって十分素敵だけど、「疲れた女」の疲れ具合、センチメンタルな場面のセンチ具合、間違いなく白眉であるバーでの演奏シーンなどを見ていると、根っこは同じなだけに、アキ映画の優しいフィルターとでもいうものが恋しくなってしまう。私がアキ映画を愛する理由の一つは、少々マッチョな要素も、映画自身の頑なな外見ゆえにマイルドになるからだと分かる。アキ自身が意図的にそうしてるのだろうか?